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そして雌になる 後編

ゆうきは桜のマンションの前に立っていた。
鉛を飲み込んだような苦味が口の中に広がっている。
「もしもし、理恵か。すまない。
今日は残業で帰れそうにないんだ。さきに夕食を食べておいてくれ」
「分かったわ。ああ、華怜があなたの声聞きたいって」
後ろに気配がしたと思って振り返ると、桜が立っていた。
「あっ、いや、いまはちょっと手が離せないから、ごめん、あ」
桜はゆうきから携帯電話を取り上げ、通話を切った。
「な、なにするんだ!」
「残業なんて嘘ついた人に言われたくないわ」
ゆうきは言葉に詰まった。
「どうしたの?私に会いに来たんでしょう」

花柄のティーカップに紅茶が注がれていく。
「急に休んで心配したよ。か、風邪を引いたのかい?」
「そんなこと言いに来たわけじゃないでしょ」
「あ、いや、その」
桜は紅茶を啜った。
「今度は完全に女になりたいのよね」
全身がカッと熱くなった。
「ちゃんと言って」
「な、なにをだい?」
「本当の願い」
言うべきことは決まっていた。
けど、それを口にしたら
自分の中の何かが壊れる気がした。
桜はまっすぐにゆうきを見ている。
「ぼ、僕を女にしてください」
桜はやさしく微笑む。
「あなたのために用意したワンピースがあるの」
それは薄いピンクのワンピースだった。
柔らかな手触りは男物の服では絶対にありえないものだった。
「サイズは大丈夫よ。あなた細いから。あと、これも」
と言って女性物の下着が渡された。こちらもピンクだ。
「これも着るのかい?」
「なに言ってるの。下着をつけない女なんているわけないでしょう」
レースで彩られたブラジャーを見ていると、
下半身からむず痒い感じが登ってきた。
「…どこで着替えたら良い?」
「ここで」
「恥ずかしいよ」
「蛹が蝶になる瞬間が見たいの」
ゆうきは意を決して、服を脱ぎ始めた。
ショーツに足を通すと、その肌触りに思わず下半身が反応しそうになる。
ブラジャーのホックを止めるのに戸惑っていると、桜が後ろに周り付けてくれた。
「大丈夫。慣れたら簡単よ」
ワンピースはサイズがピッタリだった。
透き通る空気に身体が軽くなった気がした。
「じゃあ、メイクしてあげる。教えながらやるから、次からは自分でしてね」
桜は化粧品の名前や手順を説明しながら、ゆうきの顔を女に変えていった。
最後にウィッグを被ると、待ち焦がれていた自分に出会えた。
「うん。可愛い。可愛い」
可愛い。男のときには侮蔑の言葉になるのかもしれないが、
いまこの状態ならば最大の褒め言葉だった。
「じゃあ、お出かけしましょうか」
「えっ。それは不味いよ」
ゆうきは室内だけで女装を終わらせるつもりだった。
「どうして?」
「だって恥ずかしいし…」
「大丈夫。誰もあなたを男とは思わないわ」
桜はゆうきにベージュ色のコートを渡した。
「それに靴も用意してあるのよ」

少しヒールの高い靴だった。
いつもの歩幅で歩くとバランスを崩しそうになる。
道にはちらほらと人がいた。
「おろおろしないで。堂々としていたら大丈夫よ」
桜が耳打ちした。
「脇を締めて、あと膝もできるだけ近づける。歩幅は短く、腰から歩くイメージよ」
言うとおりの歩き方をしてみる。
するとまるで自分が本当の女性になったような気がしてきた。
何人かとすれ違ったが、こちらを見てくる人は一人もいなかった。
ゆうきは世界が自分を女性として見ていることが嬉しくてたまらなかった。
一歩踏み出すごとに新しい景色が広がっていった。
しばらくすると桜はある雑居ビルにゆうきを案内した。
そこはスナックやバーが入っているビルだった。
「お店に入るのは不味いよ」
「私の知り合いのお店だから心配ないわ。それに会員制なの」
桜は重そうな黒いドアを開けた。
薄暗い照明でカウンターしかないバーだった。
グラスを拭く初老のバーテンダー、席には浅黒の中年男性がいた。
「こんばんは。マスター、石山さん」
桜は石山と呼ばれた男性の横に座った。
ゆうきは訳も分からずその隣に座る。
「こんばんは。お久しぶりですね」
「ええ、とりあえずビールを二つ」
マスターはビールの用意を始めた。
「桜か。元気にしていたか?」
石山はウィスキーのロックを飲んでいた。
「おかげさまね」
「…そちらの女性は?」
石山はゆうきのほうに視線を投げた。
「ゆうきさんよ。同じ職場なの」
ゆうきは何と言うべきか迷った。
声を出したら男とバレてしまうし、
初めて会った人に自分の秘密を知られるのは不味い。
「安心して。ここでは気にする必要はないのよ」
「…は、はい。こんばんは」
「そんなに緊張しないでください。綺麗ですよ」
石山はグラスを持って、ゆうきの隣に移った。
「マスター、俺が奢るよ。初めまして、石山竜二です」
「ど、どうも」
「本当に美しい」
石山はゆうきの手にそっと触れた。
その瞬間、身体中に電流が走ったような気がした。
白くて細い自分の手に重なるゴツゴツとした男らしい手。
不快な気持ちにはならなかった。
「あらあら、ずいぶんと石山さんに気に入られたみたいね」
「ええ、まあ、はい」
ゆうきはどう答えていいか分からなかった。
人生で初めて向けられた男からの視線に戸惑っていた。
自分はホモではないが、この状態なら男性にチヤホヤされるのは悪い気分ではない。
むしろ女性として見てもらえているのならとても嬉しい。
しかし、それをどう表現していいか分からなかった。
「今日は出会いを祝して乾杯しよう」
出された二つのビールを手に取り、三人は乾杯をした。
一口含みグラスを見ると、口紅の跡が薄くついていた。

石山は強面な外見とは裏腹にお喋りが上手かった。
巧みな話術でゆうきの女性としての魅力を褒めた。
気分を良くしたゆうきは、緊張もあったのかずいぶんと飲み過ぎていた。
恥ずかしかった女性の動作も酔いが回ると、だんだんと馴染んでくる。
「今日が初めての外出なんですね」
「ええ、だから凄い緊張しちゃって。バレちゃわないかドキドキしました」
「まさか。周りの人は気付きませんよ」
「そうだといいんですけど」
「女性としての魅力があれば自然と町に溶け込めます」
「うーん、なんか難しそうです」
「簡単な方法がありますよ」
石山はゆうきの顔を覗き込んできた。
恥ずかしさのあまり目を逸らす。
桜はマスターと話していた。
「男性と付き合うことです」
「えっ、それは…」
「つまりですね、男性を異性と認識することで、
自分の中の男性性を消すことができます。
そして、女性的な行動を起こす動機付けにもなるんですね。
女性が化粧をしたり、お洒落をするのは
やはり男性に注目されたいからでしょう?」
「まぁ、そうですけど」
ゆうきは戸惑っていた。
妻や娘のある自分が女性として男性と付き合うだなんて。
だが、それに心を惹かれていることも事実だった。
「あははは、重く考えないんで良いんですよ。
夜の世界では一種のごっこ遊びみたいなものです」
「遊びですか」
「そうです。いわば役割を演じるんです。変身願望というのか、
普段とつまらない自分とはまったく違う自分になるんですよ。
大人になったからこそ、非日常的な遊びが大事なんです。
ゆうきさんはとても真面目そうな方だから、
息抜きと考えればいいんですよ」
石山の言葉に胸がすっと軽くなった。


「あなた眉毛剃ってるの?」
理恵の一言にネクタイを締める手が止まった。
「まあね。公務員も清潔感が大事だと言われるようになったから
身だしなみは整えようと思ったんだ」
「そう。急に化粧水もつけ始めたから変だとは思ったけど
そういう理由があったのね」
「華怜も化粧したいー」
「はいはい。華怜はもっと大きくなったらいっぱい綺麗になりましょうねー」
ゆうきは動揺を悟られないように急いでスーツを着た。
女装を始めて2ヶ月が過ぎた。
揃えた化粧品や服は桜のマンションに置かせてもらっている。
鏡の中の自分がどんどん綺麗になっていくのに病みつきになり、
ネットや本で色々な技術を勉強していた。
普段から女性の仕草や言葉遣いを研究するようにもなった。
これまで趣味らしい趣味を持たなかったので、
すっかり女装の虜になっていた。
「じゃあいってきます。悪いけど今日も遅くなるよ」



「ずいぶんと手際がよくなったわね」
アイラインを引き終えたところで桜が声を掛けてきた。
「最初はとても苦労したよ。手が震えるからまっすぐ書けなくて」
鏡の中には女性となったゆうきが出てきた。
「今日はどうするの?」
ゆうきは桜に尋ねた
「石山さんと食事よ。美味しいお店を知ってるって」
夜は女装して桜と出かけるのが恒例になりつつあった。
2人で買い物や食事することもあれば、
石山と一緒に遊ぶこともある。
「あら、また新しいスカートを買ったの?」
「うん。ネットで見てて可愛いなと思って…
なんだか最近金遣いが荒くなったよ。はは」
「ゆうきちゃん、今まで欲ってものを感じてこなかったでしょう」
二人っきりのとき桜は女友達のように「ちゃん」付けで呼ぶようになっていた。
「そうだね。まぁ、草食系男子ってやつかな」
「でしょうね。だって、私に全然アプローチしてこないだもん。
最初にあんなことされたら、普通の男は期待するわよ」
ゆうきは初めてこの場所に来たことを思い出した。
倒錯的な快楽。差し出された指。栗の花の匂い。
「あれは…」
「次はお口でしてあげましょうか。それとも…」
「やめてくれ。僕はそんなつもりはないよ!」
期待してないわけではないが、
それよりも自分が綺麗になるほうが大事だった。
「うふふ。ごめんなさい」

すれ違った30代くらいの女性がこちらを見たような気がした。
駐車してある石山の車に乗り込む。
「美味しかった。石山さん、顔に似合わずお洒落なお店知ってるのね」
「おいおい、顔に似合わずは余計だよ」
石山は苦笑しながら、エンジンをかけた。
助手席に桜が座り、後ろゆうきがに座った。
「どうしたの?ゆうきちゃん」
「さっきすれ違った女の人が気づいたのかなと思って」
「女は普段から自分以外の女の価値を計ってるから、
パスするのはけっこう難しいわよ」
「なんだか悔しい」
「気にすることないよ。ゆうきは充分に綺麗だ」
石山はバックミラー越しにゆうきを見た。
「うふふ、石山さんにはわからないわよ。
女のプライドみたいなものよね。ねえ、ゆうきちゃん?」
「え、うん。そうね」
「そういうもんかなぁ」
「まぁ、私が近くにいたのが不味いわね。どれだけゆうきちゃんが綺麗でも
体つきが違うから。本当の女の隣にいたらどうしても違いが目立つわ」
ゆうきは胸の奥が締め付けられた。
化粧や服だけの女装には限界があることを薄々と気づいていたのだ。
「逆に石山さんと並んで歩いたら、かなりパス度が上がるかもよ。
ゴツいし背も高いから、相対的にゆうきちゃんが小さく見えるわ。
でも、美女と野獣だから返って目立つかも」
「おいおい、野獣だなんて。俺は紳士だよ」
「ごめんなさい。冗談は抜きにしてもカップルとして歩くのは良い経験になると思うの。
この先の公園でちょっと散歩してみたら。私は車の中で待ってるし」
「ゆうき、どうする?」
「構いませんけど…」
石山は車をしばらく走らせ、公園の駐車場に入っていった。
外へ出ると冷たい夜風が頬を撫でた。
「じゃあ、軽く一周してくるよ。行こうか、ゆうき」
しんとした静寂をヒールの音がかき消していく。
「せっかく恋人ごっこするんだから、もっと身体を寄せてきなよ」
「え、でも…」
石山はゆうきを強引に引き寄せ、腕を絡ましてきた。
されるがままに体重を預け、再び歩き始める。
向こうから若い男女のカップルが近づいてきた。
体を密着させ、何かを囁き合っている。
ゆうきに緊張が走った。
幸いにカップルはこちらを見向きもせず通り過ぎていった。
「緊張したかい?」
「はい…」
「俺の腕をぎゅっと握ってくるからね。とっても可愛かったよ」
ゆうきは顔を赤くして、石山から離れた。
「ご、ごめんなさい」
無意識に石山のことを頼っていた。
太くて硬い腕の感触が残っている。
「なにを恥ずかしがってるんだい?」
石山は微笑みながら腕を差し出してきた。
自分は動揺しているのか。
これは恋人ごっこなのだ。
遊びにすぎないのに、胸の高鳴りは収まらない。
ゆうきは石山の手を恐る恐ると掴む。
その瞬間にぐっと引き寄せられ、抱きしめられた。
訳も分からないまま顔を上げると、石山がそっと口づけをした。


「風間くん。風間くん」
「は、はい。すいません。なんでしょうか」
急いで課長の席に駆け寄る。
「珍しいなボーっとして。いや、議員の奴らが財政検討会を開きたいとか言ってな。
知事と一緒に出なけりゃいかんことになった。来月なんだが、君も一緒に来て欲しいんだ」
「私がですか?」
「細かい部分まで打ち合わせするからね。風間くんはその辺り把握してるだろ」
「ええ、まぁ」
「前に作ってもらった予算資料。あれけっこう突っ込まれると思うから、
今から詰めなおしておいてくれ」
「詰めなおしですか?」
通常業務に新しい仕事が加わると、かなりの時間を要することになる。
女装の時間が減ってしまう。
「家庭も大事なのはわかるがね。君、男は仕事だよ。仕事!」
不服な様子のゆうきを見て、課長は檄を飛ばした。
席に戻ると、隣席の桜が意味ありげに微笑んできた。
もう女装は潮時なのかもしれない。
このまま続けた先にあるものがぼんやりと見えている。
自分が求めるのは服を着たり、化粧をするだけの女装ではない。
心を女にしたいと思ってしまったのだ。
それをあの夜の口づけが気づかせてくれた。
石山はそれ以上のことを求めなかった。
「2人だけの秘密だよ」
といって車に戻った。
唇の感触はいまもはっきりと覚えている。
そして、自分がそれ以上のことを求めたことも。
記憶は磁石のように頭に張り付いて離れない。
だからこそ終わりにしなければいけないのかもしれない。

日が暮れ始めた頃、県庁内に終業のチャイムが鳴り響いた。
「お疲れ様です。風間さん」
「うん、ちょっと話があるから一緒に帰ろう」
ゆうきは帰り支度を始めた。
課長の視線を背中に感じていたが、無視して桜と職場を出た。
「うちに寄ってく?」
県庁から離れた瞬間に桜は砕けた口調になった。
「いや、もう辞めようと思うんだ」
「仕事のせい?」
「ああ、これから忙しくなる。それに家庭のこともある。
やっぱりこういうことはどこかで区切りをつけないとね」
「……ちょっと、そこの喫茶店入らない?」
「ああ、いいけど」
喫茶店は「ソワラ」という名前だった。
ボサノバ調の音楽とコーヒーの香りが漂っている。
隅の一角ではケースに色鮮やかケーキや菓子が並んでいた。
桜はその喫茶店の常連のようで、奥の席を案内された。
「前のシュークリームはここで買ったのよ」
ウェイトレスが注文を取りに来た。
「コーヒーで。ゆうきちゃんは?」
「…僕もコーヒーを」
男姿でちゃん付けで呼ばれるのは恥ずかしかった。
「……あのシュークリームは美味しかったから買って帰ろうかな」
「女の人は甘い物が大好きだから、奥さんと娘さん、喜ぶね」
その言葉はどこかに棘があるような気がした。
コーヒーが運ばれてきた。ゆうきはミルクと砂糖を入れたが、
桜はブラックのままで一口啜った。
「この席は外から死角になってるし、会話も周りには聞こえないわ」
「…なにが言いたいんだ。僕はただやめるってだけだよ」
「怖くなったんでしょう」
「…ああ、そうさ。怖くなったよ」
「ゆうきちゃん変わったね。前なら必死で否定したと思うよ」
コーヒーの僅かな苦味が舌にいつまでも張り付いた。
「君の言うとおり心には秘めた願望がある。
でも、僕には家庭がある。夫であり、父だ。
男として守らなければいけないものがあるんだ」
「正論ね。どこまでも正しいわ」
「悪い。君とは楽しい時間を過ごさせてもらったよ」
桜は少し口角を上げて息を漏らした。
それは微笑だったが、笑っているようには見えなかった。
「まるで不倫カップルの別れ話ね。ねえ、どうせなら最後にもう一度だけ変身しない?
石山さんも呼んで、うちでホームパーティーでもしましょう」
最後。ゆうきは区切りを付ける意味でも自分には必要なのかもしれないと思った。
「わかった。それで最後にしよう」

「ただいま」
「わー、ぱぱー、おかえりー」
華怜が弾んだボールのようにぶつかってくる。
「あなた早かったのね。あれ、おみやげ?」
「美味しいシュークリームを買ってきたよ」
「えっ!しゅーくりーむ?しゅーくりーむ?」
「華怜。シュークリームはご飯のあとよ。
お風呂湧いてるから入る?」
「ああ」
ゆうきは久しぶりに華怜をお風呂に入れて、
家族揃って夕食を食べた。
心のどこかに引っかかるものがあったが、
自分はこれでいいんだと思うようにした。
(そうあの自分はきっと夢だったんだ)
夜も更けて、華怜を寝かしつけた。
「ねえ、あなた。明日は早いの?」
「いつも通りだけど」
寝室。理恵は思わせぶりにこちらを見てくる。
「そろそろ二人目作らない?」
背筋が凍った。
子どもが欲しくないわけではないが
華怜が産まれたことで子育てに
どれだけの金と労力が掛かるのが
充分に知ってしまった。
「あ、ああ」
(いや違う。もっと別に理由がある)
「本当に大丈夫?あなたこのところ帰りが遅いから疲れてない?」
「い、いや。大丈夫だよ」
ゆうきは理恵を引き寄せた。
頭の中で石山の腕の感触が蘇った。
抱き合うと理恵の柔らか感触が伝わってくる。
同時に対照的な石山の硬い筋肉を思い出す。
唇を合わせると、理恵は舌を絡ませてくる。
石山とのキスが頭を駆け抜けた。
「どうしたの?」
「なんでもない」
ゆうきは強引に理恵を押し倒した。
記憶を振り払うように体を求めた。
髪から漂うシャンプーの香り、
重みのある胸の膨らみ、
熟れて黒々とした花弁、
すべてに吐き気を感じた。
たまらずに体を離す。
「ご、ごめん。やっぱり疲れてるみたいだ」
ゆうきは急いで自分のベッドに入り、布団を被った。
「あなた……」
理恵は唇を噛み締め、じっとその様子を見ていた。


テーブルにはオードブルが並んでいた。
「これ全部自分で用意したの?」
「まさか、全部デリバリーよ」
今日は桜のマンションで最後の女装をする予定になっていた。
「ゆうきちゃん。これ着て」
渡されたのはワインレッドのドレス。
「こ、こんなの着るの?」
「似合うと思うよ。どうせ家の中だし恥ずかしがらないの。あとこれヌーブラ」
胸元が大きく開いて、スカートの丈は膝までだった。
「メイクもちゃんとこれに合わせなさいよ」
「どういう意味?」
「大人っぽく仕上げるの」
言われるがまま、いや最初からそのつもりだった。
せっかく最後の女装なんだからうんと冒険しよう。
ゆうきは心にそう決めていたのだ。
化粧が終わり、ドレスを着る。
同時に石山が尋ねてきた。
「おお、綺麗だね。これお祝いの花だよ」
石山と会うのは少し恥ずかしかったが、
綺麗だよと言われると心が踊った。
「嬉しい。こんな綺麗なお花を貰ったの初めて」
男のときには何も思わなかった贈り物の花だが、
いまはその鮮やかな色や香りに幸せな気持ちになった。
「さぁ、食べよう。上物のワインも揃えたのよ」
三人はテーブルについた。桜がワインを開ける。
血のように赤いワインが波打ちながらグラスを満たしていく。
「じゃあ乾杯」
ゆうきが口に含むとほのかな酸味のあとに濃厚な甘さが広がっていった。
喉を通りすぎてもその余韻はいつまでも残っていた。


意識がゆらりと浮かび上がってきた。
心と身体がバラバラになったようで、天井のシャンデリアが揺れている。
背中の感触からベッドに寝かされていることが分かった。
記憶を辿る。
美味しいワインをつい飲み過ぎたのか。
最後の女装だから、珍しく羽目をはずしてしまったのか。
薄ぼんやりした映像が断片的に頭を通り過ぎていく。
「気がついた?」
視界の隅に桜がいた。全裸だった。
「な、なにをした」
口は異様なまでに乾いていた。
「ゆうきは飲み過ぎたんだよ」
「い、石山さん」
石山も全裸だった。
筋肉の一つ一つが刻み込まれているような立派な体格だった。
股間の獣はいまは静かに横たわっている。
桜はそこに口を合わせた。ピンク色の舌が赤黒い皮膚にぶつかる。
それはフェラチオだった。
女が男を悦ばすために行う行為。
(あそこにいるのは…桜…)
石山に奉仕する桜がなぜか自分に見えてきた。
「ゆうきちゃん、舐めたい?」
拒否をしたつもりが、なぜだか頷いていた。
目の前に差し出される石山の欲望。
自分のとは比べ物にならない大きさと形をしていた。
これを咥えたら、後戻りできなくなる。
頭にはそんな声が鳴り響く。
少しだけ首を動かし、口に含んだ。
小便の匂いがしたが、不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ強い力を感じることが出来て、安心感があった。
舌を丁寧に這わせていく。
イケないことだと分かっていても、
止めることができない。
「ゆうきはずいぶんとうまいな」
「本当初めてとは思えない」
石山はゆうきの口から欲望を引き抜くと、
その横に寝っ転がり、身体を密着させて、全身をペッティングしてきた。
腕、脇、首、背中、胸、足。
秘部以外のあらゆるところに舌を混ぜていく。
感じるたびに赤いドレスが揺れ、悩ましげな声を出した。
石山に舐められるたび肉体の記憶は塗り替えられていく。
男の感情が砂時計のように堕ちていき、
女の情感を積もらせていった。
後ろのほうでヒヤリと冷たい感触があった。
桜が菊穴の周りにローションを塗っていた。
「しっかりと解さないとね」
細い指が一本入ってくる。
お腹に鈍痛が走る。快楽と重なって、意識がだんだんと覚醒していく。
「次は二本」
初めての感覚だった。
身体の中で自分の意思の及ばないものが動き回っている。
少し違和感があったが、馴染んでくるとするすると指を吸い込んだ。
桜の前に石山が立った。
「これは兜合わせっていうんだ」
児戯程度の硬さしか持たない秘棒と凶器のように怒張した肉棒が重なりあう。
蕩けるような気持ちよさが伝わってくる。
石山の肉欲を自らの性器で感じれること喜びを感じていると同時に
男同士でこんなことはという後ろめたさもあった。
「三本」
指が入ったとき、その気持ちはどこかに消えた。
湧き上がる鈍痛の中に毛色の違う感覚が混ざりこんだ。
「ゆうき、お前まだ迷っているだろう。もうここまで来たら引き返せないぜ」
「…はい。石山さん」
理恵や華怜の顔が頭によぎった。同時にあのとき感じた不快感もやってくる。
(あんな気持ち悪いことはもうしたくない)
指が引き抜かれた。重なりあっていた肉棒がゆうきの穴に当てられた。
くる。確信した。
まるで飛び降り自殺をする一歩を踏み出す気持ちだった。
「いくぞ」
短い言葉のあと、確かな圧迫感が穴を塞ぎ、ゆっくりと中に侵入してくる。
とてもやさしい痛みだった。
女の指とは比べ物にならない満足感だった。
すべてを押しこまれたとき、ゆうきの秘棒からは蜜がどんどん溢れ出ていた。
石山はゆっくりと腰を動かし始める。
ゆうきの反応を見ながら、角度や力を微妙に変えた。
「ん…んぅ、あはぁ、、」
声に艶が混じり始める。
「ゆうきちゃん、ついに処女喪失だね」
桜の言葉に重大な犯罪を犯した気持ちになった。
「かなりキツイ穴だが、しっかりと咥えてきやがる。なかなかの名器だぜ」
「良かったね。名器だって」
息が詰まる。
ゆうきには答える余裕はなかった。
石山の腰の動きが激しくなっていく。
その手はいつのまにか秘棒に添えられていた。
ピストンと連動した扱きが始まった。
我慢に我慢を重ねていたゆうきはあっという間にミルクを吹き出した。
同時に中に差し込まれている肉棒をぎゅっぎゅっと締め付け、
石山はそのタイミングで男の精をたっぷりと吐き出した。



「朝帰りするなら一言言ってよ」
リビングに理恵が座っていた。
じっとテーブルを見つめて、ゆうきと目を合わせようとしない。
「悪い。つい飲み過ぎて…」
向かい側に座るとき、お尻の辺りが少し痛んだ。
さっきまで男性と肌を合わせていた自分が
こうして妻と対峙しているのはあまり現実感がなかった。
しかし、体の残る快楽は確かに本物だった。
その状態で理恵を前にすると心が痛む。
「いま起きたのかい?」
理恵の格好はパジャマではなかった。
目の下には薄くクマが出来ている。
「ええ」
ずっと俯いたままだった。
「コーヒーでも淹れようか」
「ふざけないで!あなた浮気してるでしょ!」
理恵は急にテーブルを叩き、大声を出した。
目は赤く充血して、涙を浮かべている。
「な、なにを言い出すんだ」
「このところずっと帰りが遅いじゃない。
しかも、いつも化粧品の匂いがするの!!
女と会ってるんでしょ!!」
「違う。違うよ。勘違いだ」
「うそ、うそ。もう私のこと好きじゃないんでしょ!
だから、抱いてくれなかったんでしょ!」
「そ、それは…それは…」
何も言い返すことが出来なかった。
「子どもが出来たから魅力がなくなった?
だから、他所で女を作ったの?
私、あなたがそんな人だなんて思わなかった」
理恵の一言に何かが弾けた。
「お前に何が分かるんだ!僕がどういう人間が
お前は知ろうともしなかったじゃないか!!」
「ママ…パパ…」
パジャマ姿の華怜が怯えた様子でこちらを見ている。
理恵は立ち上がり、華怜を子ども部屋へ連れて行った。
ゆうきはその後姿を見ることしか出来なかった。



「どうしたの急に?」
ゆうきは桜をソワラに呼び出していた。
「妻と喧嘩してしまったんだ」
「そう?」
桜は何事もないようにショートケーキを頬張った。
「ずいぶんと他人事だな」
「だって他人でしょ。喧嘩ごときで私を呼んだの?」
「喧嘩ごときって…」
「夫婦喧嘩なんて世界中で毎秒起こってるわよ」
「僕達にとっては初めてのことなんだ」
「じゃあ、それまで感情をぶつけてこなかったのね」
桜はフォークで苺を突き刺した。
「ねぇ、苺は好き?」
「いまはそんな話はしてないだろ」
「私は大好き」
赤い苺が口の中に入っていく。
「でも、苺を10個、20個と食べていたら、きっと飽きちゃうわ」
「当たり前だろ」
「欲望にはすべて限界がある。
特に強烈な快楽が伴う欲望にはストッパーが働くようになっているの。例えば性欲とか」
ゆうきの体の奥底で何かが疼いた。
「男の人は射精すると気分が冷めちゃうでしょ?女には妊娠がある。
無限には性の快楽を味わうことができない。けど、あなたはそれが出来る。
男でありながら、体は雌になってしまったのよ」
「そんなことあるわけ…」
「ここに来てまだ否定するの?昨日のあの快楽を一緒に否定できる?」
口に残るしょっぱさ、硬い筋肉の肌触り、挿れられる感触。
「いままだ入口に立っているの。ここから進むか戻るかはあなた次第」


ゆうきは天井をじっと見ていた。
横で絡み合う桜と石山は淫欲に再び火を付けたが、
同時にまったく別の感情も呼び起こした。
嫉妬だった。
自分にはない膨らみ、自分にはない穴、自分にはない肉、
それらに憎しみさえ感じ始めていた。
さっきのトコロテンの瞬間。すべての気持ちが石山にのみ向けられていた。
桜は完全に意識の外にあった。
とても心地よくて、満たされた感覚だった。
石山に抱かれるたびに最高の快楽が更新されていく。
まるでパズルのピースをはめ込んでいくように
自分が女になっていく感覚があった。
「あん、ああん。ん、あん」
石山の上で弾む桜の肉体には悪魔的な妖艶さがあったが、
ゆうきはそれにまったく何の興味も起きなかった。
(早く終わらせて。次は私の番)
パズルの完成まではあと僅かだった。


「風間!風間!!」
課長の怒鳴り声が飛んだ。
「会合は来週だぞ。まだ資料が出来てないってどういうつもりだ」
「はい、すいません」
「いっつも早く帰って。やる気があるのか」
「はい、すいません」
「時間ないのわかってるのか!」
「はい、すいません」
虚ろな目で同じことを繰り返すゆうきに
課長は得体のしれない不気味さを覚えた。
「と、とりあえず他の者にも手伝ってもらえ」
「はい、すいません」
席に戻ると、誰もゆうきと目を合わせようとしなかった。
桜は欠席だった。
ただボーっとパソコンに向かう。
意味なくソフトを立ち上げては消してを繰り返す。
数日前は心配して声を掛けてきた同僚もいたが、
いまでは誰もがゆうきのことを無視していた。
昼になると、真島がやってきた。
「なんだよ。今日も桜さん休みかよ。このところ毎日じゃねえか」
ゆうきはパソコンを閉じた。鏡で自分の顔を見て、髪の毛を治した。
「おい風間。どうした?」
「うん。なんでもないの。それよりお昼行くんでしょ。一緒に食べよ」
「お、おお。そうだな…」


「もう食べたくない」
華怜は食事を半分以上残していた。
「まだ残ってるじゃない。今日は華怜の大好きなハンバーグよ」
「いや、嫌い。食べたくない」
「ワガママ言わないの。あとでお腹空いたって言われても知らないよ」
「いや!いや!」
華怜はハンバーグの皿を放り投げた。
肉の塊やソースが宙を舞って、床に落ちた。
「なんてことするの!!」
理恵の大声に華怜は鳴き声で返した。
大きな瞳からポロポロと涙が溢れている。
ゆうきはハンバーグを口に入れ咀嚼し、
ゆっくりと飲み込んだ。
理恵はゆうきを見ようとはしない。
ゆうきは理恵と華怜を見ていたが、
それはテレビを見ているような感覚だった。
「ごちそうさま」
ゆうきは食後のお茶を啜った。
華怜の鳴き声は止まる様子はなかった。



石山の体温を感じているだけで満たされた気持ちになる。
窓からの差し込む朝日がベッドの上の2人を包み込む。
ホテルの一室。一晩中愛を確かめ合った。
「そういえば桜を抜きにして会うのは初めてだったな」
「……そうね。でも、このほうがいい。
あなたが他の女を抱いてるの見るのはイヤ」
「意外だな。てっきりお前は桜のことが好きだと思ったんだが」
「やめてよ。なんで女を好きにならないといけないの」
ゆうきは石山に背を向けた。
「はは、ごめんごめん」
石山はゆうきの上に覆いかぶさり、唇を重ねてきた。
舌をねっとりと巻きつけ、お互いの唾液を味わう。
「…石山さんはどうなの?桜のこと好きなの?」
「あれはお前、ただの体だけの付き合いさ。
第一俺は桜のことを何も知らない。どこで生まれたとか、本当の年齢とかな。
あいつは自分に関することは絶対にしゃべらない女なんだ」
「私も体だけの付き合いなの?」
「お前は…その…愛してるよ。確かに最初はその目的だったけど、
どんどん綺麗になるし、俺に尽くしてくれるから。…本当に好きになったというかな」
石山は顔を赤くしながら答えた。
ゆうきは嬉しくなって思わず石山の胸に飛び込んだ。
「私も大好き」
「でも、お前には……」
「いいの。もう全部わかったの。本当の私自身が」
石山の分厚い身体の上にゆうきの白くて細い躰が重なりあう。
「…ゆうき」
「私、石山さんのために女になるわ。もっと綺麗になって、うんと愛してもらいたいの」
石山は言葉の変わりに強く抱きしめた。
力強さに包まれながら、ゆうきは女の幸せをしっかりと味わっていた。





山内華怜はじっとテーブルを見ていた。
扉がノックされ、一人の女性が入ってくる。
長い黒髪が印象的で、華怜が今まで見た保護観察官の中では一番若かった。
女の自分が見とれるほどに美しい顔立ちをしている。
「初めまして。今日、お話をさせていただく四宮桜といいます。よろしくね」
「…ちぃーす」
再びテーブルに視線を落とした。
桜はファイルから資料を取り出すと、声を上げて読みだした。
「山内華怜、16歳。補導歴あり。万引き、喧嘩と、うーん、いろいろやってるわね」
「……別にいいじゃん」
「元気があっていいわ。でも、今回の事件は不味かったわね。
大人の男を騙して、お金を盗むなんて…」
華怜は出会い系で知り合った複数の男から金を騙しとっていた。
「少年院でもなんでもいれたら」
「私達はね、あなたが更生できると思ってるから、保護観察の処分を下しているのよ」
「そっちの勝手じゃん」
「あなたが騙した男の人、みんな40代後半ね。ちょうどお父さんくらいの年齢かしら」
華怜は視線を床に落とした。
「幼い頃に離婚してるのね。元の苗字は風間…」
「うっせーな。それがなんだよ。どうだっていいだろ」
顔を上げると桜はまっすぐにこちらを見ていた。
整った顔のせいか非人間的な印象すら覚える。
「右が僅かに震えてるね。そっち側に感情が出やすいんだ」
華怜は思わず右頬を触った。
「ねぇ、お父さんに会いたい?」
黒い瞳に吸い込まれそうになる。
「しらねえよ。顔だって覚えてないし」
「娘は父親に似るらしいから、美形のお父さんだったかもね」
「意味わかんない。ある日、突然いなくなったやつだよ。
私とお母さんほっぽり出してさ。そのせいでどれだけ苦労したか」
「どうしてお父さんがいなくなったと思う?」
「どうせ外に女でも作ったんでしょ。身勝手な男だよ」
「ねえ、華怜ちゃん」
桜は華怜の横に立ち、その手をやさしく握った。
「人はみんな偽りの自分を演じているの。でも、何かがキッカケで
本当の自分を知ってしまったら、もうそれは無視することはできないの。
あなたも強がってるけど、それはあなた自身じゃないでしょ」
華怜はすぐにでも手を払いたがったが、その温もりに荒れた心が
ゆっくりと解きほぐされていく。
「大丈夫。怖がらないで。私の言うとおりにして。
そうすればあなたは本当の自分に出会えるから」


END
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そして雌になる 前編

足が開かれると、天井を向いたペニクリが現れた。
それは石山が下から突き上げるたび大きく上下する。
揺れる視界。ベッドの端に座る桜はこちらを見て微笑んでいる。
彼女もゆうきと同様に全裸だった。
膨らんだ乳房から滑らかな曲線を描き柔らかな尻へと到達する身体。
「おい、自分で扱いてみろ」
石山はゆっくりとしたストロークで凶器的な男根を深く沈めた状態で止まった。
「は、はい」
いつもは石山が尻を犯しながらペニクリを扱く。
しかし、今日は自分自身で扱かなければいけない。それも桜の見ている前で。
ペニクリを手で軽く擦ると射精のごとく淫らな蜜が溢れ出た。
ぬるぬるとした感触が慰めを加速させていく。
それまでほとんど刺激が与えられなかったせいか一気に絶頂まで辿り着きそうになった。
「やめろ!」
石山が腕を掴んだ。
もどかしさが全身を駆け巡る。頭はすでにイク状態に入っていた。
「苦しそうだね。ゆうきちゃん」
桜が人差し指でペニクリを撫でた。指一本とは思えないほどの快楽が走り抜ける。
「ああ」
喘ぎ声が唇から漏れた。
突き上げが再び始まる。ペニクリへの意識が一気に体の裏へと引き戻される。
背面騎乗位で露出している接合部を桜はじっと眺めた。
改めて観察されることで、女性の目の前で男の人に犯されている変態的な自分を
まざまざと突きつけられている気がした。
石山の動きが止まった。さきほどと同じく体の奥底に肉望が留まっている状態になった。
「また扱け」
命令された通りに手を動かし始めた。再び意識が体の前方へ集まる。
すぐさま絶頂に辿り着きそうになるが、また石山の手がそれを阻んだ。
腕が痛みを感じるほどに強く握られる。
ゆうきは振り返って、石山を見た。
「お前がイクかどうかは俺が決めるんだ」
「い、イカせてください」
「まだ2回目だろう。こんなもんじゃ済まないぞ」
2回目。その言葉に急に視界が遠のいた気がした。
(こんなのが続くなんて…)
「ねえ、石山さん。ゆうきちゃんのクリトリス、あとひと擦りでイッちゃうんじゃない?」
すでに破裂しそうなペニクリは桜の言うとおり
ごく僅かな刺激で絶頂を迎える状態になっていた。
ゆうきは気まぐれに桜が自分のモノを触ってくれと願った。
あの細い指が当たっただけでもイクことができると思うほどに飢えていた。
「桜、絶対に触るなよ」
石山の言葉が僅かな希望を打ち砕く。
繰り返されてきた突き上げが再開される。
快楽のうねりがまた後ろへと動いた。
頭の中が絶頂への渇望で埋め尽くされていく。
快楽は波のように揺れて、次第にその勢いを増していった。
その幅が最大に近づこうとしたときに石山の動きが止まった。
「扱け」
あれほど願っていた射精欲が嘘みたいに消えていることに気づいた。
ゆうきは無意識に腰を動かしながら、自分のペニクリを擦り始めた。
「おっと、尻は動かすな」
石山が腰を強く掴んだ。
積み重なったもどかしさを追い払うようにペニクリをしごき出す。
後ろへの意識がまた前のほうにゆっくりと移っていく。
壊れた蛇口のように蜜がどんどんと溢れ出る。
登りだした快感は再び石山によって止められた。
「ああん、な、なんで」
あとほんのすこしでイクところを察知しかのように自慰を止めた。
「お前がイキそうになるとケツ穴で俺のチンポを締め付けるからな」
自分の性がいまこの人に完全に掌握されているという現実が目の前に突きつけられた。
こんな淫靡な地獄は一体いつまで続くのだろうか。
そこから何度も扱いては止められを繰り返させられた。
快楽が振り子のように前後に動き、泡のようにどんどんと膨らんでいく。
「うふふ、この焦らしがゆうきちゃんを雌に変えていくんだよ」
桜の言葉すら耳に入らないほどにゆうきは悶えていた。
最初は漏れ出るほどの喘ぎ声だったが、
いまではほとんど叫びに近いヨガり声を上げている。
石山は腰の位置を変えて、ゆうきの前立腺を嬲るようなピストンを始めた。
「ああ、だめだめ、あああん、や、ああぁ」
快楽のうねりはゆうきの中で完全なる飽和状態となった。
そのとき前への刺激は一切なしに、後ろだけの刺激で絶頂を迎えた。
意思とはまったく無関係に石山の突き上げによって
ペニクリから白いミルクがボタボタとこぼれだした。
支えていた腕から力が抜けて、そのまま石山の肉体の上に身体を預ける。
「トコロテンね。これでゆうきちゃんも一人前の女になれたね」
桜はシーツの精液を指ですくい取ると、ゆうきの顔の前に付きだした。
呆然とした頭の中で無意識にそれを口に咥えた。
「よし、じゃあ赤飯を作らないとな」
「まさか。生理じゃあるまいし」
激しいピストンをしていたのに石山はまったく疲れた様子を見せていなかった。
むしろまだまだこれかといった具合に男根は怒張したままであった。
「はぁ、はぁ」
ゆうきは息を切らしながら、天井を眺めることしかできなかった。
「じゃあ、次は私の番ね」
男根がゆっくりと抜かれていく。さきほどまでゆうきがいた位置に桜がついた。
「それにしてもやっぱり素質があったね。3ヶ月でトコロテンまでイクなんて凄いよ。
お化粧も完璧だし、もうすっかり女の子だね」
ゆうきは桜の言葉に反応できないほどに消耗しきっていた。
(3ヶ月。まだそれだけしか経ってないなんて…)
ついこの間まで自分は男であり、夫であり、そして父であった。
いたって普通の人間だと思っていたのに、なにがどう狂って
こんな異常な状況に陥ってしまったのか。
隣から桜の官能的な声が聞こえ始めた。
(さっきまで自分もあんな風になっていたのか)
彼の奥底で淫欲の火種が再び付き始めた。



ザラついた紙の資料を指でなぞって行くと、
細かい粒子が指紋の襞にこびり付く感触がして、
風間ゆうきは親指と人差し指を擦り合わせた。
肩のコリを感じて顔を上げると、見慣れた風景が視界に入ってくる。
並べられた机、乱雑に置かれたファイルや紙の束。
パソコンに何かを打ち込む同僚の後ろ姿、呑気に茶を飲む上司。
ゆっくりと息を吸い込むと、コーヒーや紙の匂いが鼻孔に飛び込んできた。
そして、建物全体から漂うカビ臭さのようなものが肺の中に落ちていった。
ここで流れる時間は他所とは違うんだろうな。
ゆうきは県庁に入ってからいつもそんな風に感じていた。
大学を卒業して、地方公務員となった。
色々な部署を渡り歩き、現在は県庁の財政課にいる。
ひたすらに数字とにらめっこする日々。やりがいを感じたことは一度もなかった。
そもそもこの仕事に就いたにこと自体、自分の意思ではなかった。
親が公務員であり、特にやりたいこともなかったので
試験を受けてみたら、採用されてしまったのだ。
「風間さん、お昼行きませんか?」
隣席の三上桜が声をかけてきた。時計を見ると、11時58分だった。
長い黒髪が印象的な彼女は先月に臨時の職員として財政課にやってきた。
目鼻立ちが整っており、薄い化粧なのに野暮ったい感じがない正統派の美人だった。
「よし、いくか」
何人かの同僚がゆうきを恨めしそうに睨んできた。

外に出ると涼やかな風が頬を撫でる。
「涼しくなりましたよね」
「ああ、もう10月だからね」
深呼吸して、カビ臭い空気と新鮮な空気を入れ替えた。
「おーい!待てよ!お二人さん!」
同期の1人である真島が声をかけてきた。
「風間!お前、嫁さんがいるのに桜さんを独り占めすんなよ!」
真島は建築課の人間だが、美人の桜のことを嗅ぎつけて、
なにかと一緒に行動しようとしてくる。
「昼飯を食いに行くだけだろ」
「俺も一緒に行く!」
真島は鼻息を荒くしながら言った。
「じゃあ、一緒に行きましょう。何食べますか?」
桜は笑顔で真島を受け入れた。
最も別に好意があるわけではなく、誰にでもそのように接しているだけであった。
「とりあえずいつものところへ行こうよ」
「嫁さんは弁当作ってくれないのか?前は愛妻弁当派だったじゃんか」
かつて真島とゆうきは同じ部署で働いていたことがあった。
「子どもに手が掛かるからね。しばらくは外食だよ」
「そういえばお子さんっていまお幾つでしたっけ?」
「来月で2歳だね」
「いいなー、俺も早く子ども欲しいよー。もう今年で30なんだぜ」
「女の子でしたよね。やっぱり風間さんに似てますか?」
「どうだろ。みんなはそう言うけど、自分じゃ分からないよ」
「風間さんってどっちかというと女顔だから、娘さんはきっと美人に成長しますよ」
女顔と言われて、胸の奥底にむず痒いものを感じた。
行きつけの定食屋は空いていた。
「じゃあ、俺はボリューム定食」
「私は日替わり定食。風間さんは?」
ボリューム定食はフライとハンバーグ、日替わり定食は焼き魚だった。
油物を食べる気はしなかったが、他に目ぼしいメニューもない。
「ええーと、ええと…」
焦ると余計に考えがまとまらなくなる。
「僕もボリューム定食で」
店員はオーダーを取り終えると、さっさと裏に引っ込んだ。
頼んだ後で別の定食が食べたくなったが、
いまさら変更するのも悪いので黙っていることにした。
「こないださー、お袋のやつが見合い進めてきたんだぜ。
いまどき流行らないよな」
「たしかにあんまり聞かないですね」
「でしょでしょ。まぁ、お袋も早く身を固めて欲しいってのもわかるけどさ。
それに息子が公務員ってことで周りが見合いを勧めてくるらしいんだよ」
「私の周りも人気ですよ」
「桜ちゃんはどうなの?公務員狙い?」
「そういうところでは結婚相手は見てませんよ」
そっかー、と真島は落胆したようにため息をついた。
「風間はいいよなー。落ち着いててさー」
「なんだよ」
「結婚して、子どもも出来て、男としてはもう一人前だろ」
「日替わり定食おまたせしました~」
店員が料理を運んできた。
ゆうきは果たして自分は男として一人前なんだろうかと思った。
傍目から見ればそうなのかもしれないが、実感はまったくない。
(このままでいいんだろうか)
毎日同じことを繰り返し、飽々するのもとっくに通り越してしまった。
いまの位置から死ぬまでが一直線で見える気がして、
その果てしなさに吐き気すら覚えるときがある。
みんなそんな気持ちを押し隠して日々を生きてるんだろうか。
笑ってしまうほどの青臭い自意識がまだゆうきの中には残っていた。
けど、もう家庭を持ってしまった。自分1人の身体ではないのだ。
「はい、ボリューム定食になります」
ゆうきの前に食べたくもないフライが置かれた。


「ぱぱ、おーあーえいー」
ゆうきは娘の華怜を抱き上げた。
重さが腕に掛かり、温かさを胸で感じる。
ついこの間までよちよち歩きだったのに、
いまでは1人で歩けるほどになった。
その成長スピードには驚かされる。
「おかえりなさい」
「ただいま」
妻の理恵は台所で夕食の支度をしていた。
「きょうねー、かえんねー、いっぱいおちごとしたのー
ぱぱもおちごとしたー?」
「ああ、したよ」
「あなた、華怜をお風呂に入れちゃって」
「わかった」


ベッドの上で天井をじっと見ていた。
横の理恵と華怜は寝息を立てている。
ここ一年ほど寝付きが悪くなっていた。
眠ろうと思っても、1〜2時間は目が冴えている。
睡眠薬を飲めば良いのだが、どうにも身体に合わず
そのままにしている。
不眠の理由は分かっている。
欲求が貯まっているのだ。
理恵は出産してから、夜のことなどまったく頭にない。
日々、育児に追われている毎日。
それにゆうき自身も理恵を女として見れなくなっていた。
かといって、風俗に行っても、
その場しのぎの快楽があるだけで、余計に虚しくなるだけだった。
(考えすぎだ)
雑念を頭から振り払い、目をつむろうとしたとき、
桜の顔が浮かんできた。
艷やかな黒髪、女を強調する身体の曲線。
近づくと鼻孔を擽る香り、僅かに触れたときの柔らかさ。
(不倫…そんな馬鹿なこと)
公務員である自分が不貞行為をしたことがバレたら、
一体どんなことが起こるだろうか。
ルールや常識というものに人一倍敏感なゆうきは
馬鹿な考えを急いで頭から追い払った。
しかし、結局悶々としてしまい眠りからはますます遠ざかった。


ある日、ゆうきは各課から送られてくる予算関係の書類をまとめるため残業をしていた。
周りは全員帰っており、キーボードを叩く音だけが響いていた。
「風間さん」
「わっっ!!」
パソコンの画面に夢中になっていたので、声をかけられて驚いた。
「ごめんなさい。そんなに驚くなんて」
「なんだ、桜さんか」
桜は手にビニール袋を携えていた。
「休憩しませんか?甘いもの買ってきました」
お茶の用意をして、隣に座った。
「たまたま外を通りかかったら電気が付いてたから、
風間さんまだお仕事されてるのかなと思って」
ビニールから出したのは、シュークリームだった。
「これ近所ではけっこう有名なシュークリームなんですよ。
家で1人で食べるのがなんか寂しくて…」
恥ずかしそうに微笑む桜の横顔に鼓動が一つ高くなった。
(二人っきりになるのは初めてなのかもしれない)
「どうぞ、食べてください」
「ああ、いただくよ」
一口齧ると程よい甘さが舌の上に広がって、満たされていく感じがした。
「うふふ、風間さんって甘いものお好きなんですか?」
「え、いや、疲れていたからね」
「まるで女の子みたいにおいしそうに食べますよね」
何気なく言った言葉がゆうきを捉えた。
「そうかな…別に女の子とかそんなことは…」
違和感がそのまま口から出てしまったが、
上手く処理することが出来ないので
歯切れ悪い言葉になってしまった。
「右側」
「えっ?」
桜は人差し指でゆうきの顔の右側をなぞった。
「風間さんの感情は右側に出やすい。
動揺すると右の口角が僅かに震えるの」
指がその辺りをやさしく押した。
「右が本質。左が理性ね。
風間さんは理性が強い人間だから、無意識のうちに左に重心を置いてませんか?
立っているときや座っているときとか」
日常の動作が頭の中に起き上がってくる。
確かに言われる通りなのかもしれない。
同時になぜ桜はこんなことを言うのだろうかと思った。
一喝して仕事に戻るべきではないのか。
「だいぶ葛藤してるわね。面白いくらいに反応が出る」
「な、何を言ってるんだ」
「体温が上昇してるし、瞬きも増えてる。呼吸もだいぶ乱れてるわね」
口調に冷たさが差し始めてきた。
「風間さんの持ち物…ネクタイ、ハンカチ、スマホ。ほとんどグレーかネイビーの色よね」
「それがどうした。男なら普通じゃないか」
口の中が異様に乾いていることに気づいた。
「違う」
その一言がまるで銃弾のように胸に深く入りこむ。
「あなたが求めているものがあるのよ。
それを知っているのに気づいてない振りをしているだけ」
人差し指がゆっくりと離れていった。


寝室で華怜の顔を見ても、落ち着きは取り戻せなかった。
桜の言葉がずっと頭の中で反芻されている。
いつもの彼女ではなかった。
得体のしれない生き物に見えた。
普段の姿は嘘で、あれが本当の姿なのだろうか。
「おかえり。遅かったね」
「あ、ああ。ごめんね。起こしちゃった?」
「大丈夫。さっきまで華怜が夜泣きしてたから」
ゆうきに顔を向けず喋る理恵。
「そっか。大変だね」
「やめてよ。その言い方」
後頭部がじっとこちらを見ている。
染めた茶色の髪と自毛の黒色が混じっていた。
「な、なんだよ」
「すごい他人みたい。華怜はあなたの娘でもあるのよ」
「ごめん」
「……すぐ謝るのやめて」
何も言い返せなかった。
他人みたい。
その言葉に胸が痛んだ。
彼女たちは大切な家族と思う一方で
実際にそう感じてしまうときがある。
ゆうきは黙ってベッドに入った。
また眠れない夜が始まった。


次の日、桜はいつも通りに出勤をしていた。
昨日あったことなどまるで気にもせず隣に座っている。
こうなるとむしろあれは夢だったんじゃないかと思えてしまう。
「おはようございます」
「お、おはよう」
ぎこちなく挨拶を返す。昨日ことが頭を駆け巡っていく。
無意識に左側に重心を置いていることに気づき、
持ち物の暗い色がやたらと目につくようになる。
急に不安になってくる。
同じ場所なのに、何が変わったのか。
困惑しながらも、時間はいつも通りに過ぎていく。
朝礼が始まり、一日の業務が始まった。
「風間ー」
部屋の中央の席に座る課長がゆうきを呼んだ。
「なんでしょうか」
課長は小柄だが頭が人一倍大きく、ギョロリとした目つきが
宇宙人か何かを思わせる風貌をしていた。
「昨日作ってくれた資料なんだけどさ、
各課から反発が凄くてねー。根回しが足らなかったじゃないのー」
ゆうきたちの仕事は各課の予算を決めるために恨まれることが多い。
だが、資料作成は課長からの指示だ。
「……つまりはもう一度作り直しということですか?」
吐き出したい言葉を飲み込んだ。
公務員の仕事はいかに波風を立てないかが重要になる。
逆らわなければ自分の身は保証される。
「まぁ、そういうことになるね。悪いけど頼むよ」
席に戻って、誰にも気付かれないようにゆっくりと息を吐いた。

建物の屋上に出ると、曇り空が広がっていた。
冬が近づいている。冷たい風が吹き付けていた。
課長から言われた仕事にどうしても集中できなかった。
資料に並んだ数字や漢字がバラバラになっていく気がした。
そして、隣の桜をどうしても意識せずにはいられなかった。
自販機で買った缶コーヒーを流し込む。
甘ったるい味が舌に広がった。
(仕事を抜けだして、こんなところにいるなんて初めてだな)
若干の後ろめたさとドキドキ感があった。
そんなものを感じたのは初めてなのかもしれない。
「風間さん」
昨日と同じように後ろから声を掛けられた。
心臓が高鳴る。
「飛び降りる気?」
「…なにを馬鹿なことを」
ゆうきは振り返った。桜と目を合わせる。
黒くて大きな瞳の中に自分が映っている。
「そう?良いアイディアだと思うけど。
あなた時々死にたがっている目をしているもの」
強い風が吹いた。桜の黒髪が大きく舞い上がり、翼のように見えた。
「一体何のつもりなんだ。昨日も僕に変なことを言って」
「ああ、ごめんなさいね。あんなに動揺するなんて思わなかったから」
「動揺なんてしてない。いい加減なこと言うな」
「珍しく感情が表に出てるわね。さっきはぐっと我慢していたくせに」
「…べつに、そんなことは」
「昨日の言葉は本当のあなたを呼び覚ますための呪文のようなものよ」
桜は風で乱れた黒髪を手でゆっくりと直した。
「何を言ってるんだ。僕は僕だ」
「声が震えてる。落ち着いて。
あなたを目覚めさせてあげる」



百合の香りが漂っている。
真っ白なドレッサーの上には化粧品が綺麗に置かれていた。
黒を基調とした家具に囲まれた清潔な部屋だった。
お洒落というより、生活の匂いが一切しない。
大きな鏡の前には見慣れた自分の顔があった。
なぜここにいるのか。
慎重で臆病だと思っていたのに、こんな大胆な行動をするなんて。
部屋の扉を開くまでは思い切って逃げようかとも考えていた。
でも、そうはしなかった。
「奥さんにはなんて言ってきたんですか?」
黒のワンピースを着た桜が横に立っていた。
「仕事が入ったって嘘をついた」
胸が痛んだ。妻に嘘をついたのは初めてだった。
あの屋上で誘いを受けた。
日曜日。ゆうきは桜のマンションにいた。
「これから何をされるか分かりますか?」
「……化粧だろ」
「正解」
「女装させようっていうのかい。
女の格好することが本当の僕なのか」
冗談っぽく言うつもりが声には僅かに怒気が含まれていた。
「まぁまぁ、落ち着いて」
桜はいくつかの化粧品を並べて、鼻歌交じりに選び始めた。
時々、鏡の中にあるゆうきの顔と見比べて、色などを確認している。
「風間さんって男?」
「なにを言ってるんだ。どこからどう見ても男だろ」
「何を根拠にそんなこと言ってるんです?」
「生物学的な話だよ」
「その次元で話なら、性別や性指向にはかなりの多様性があるんですよ。
性転換する魚がいたり、同性愛の哺乳類がいたりするんです」
桜はコットンに化粧液を垂らし、ゆうきの顔全体に当て始めた。
「それは動物の種類によって変わってくるだろう。僕は人間の男だ」
「人間…うふふ人間」桜は微笑みながら繰り返し人間という言葉を呟いた。
ファンデーションが顔に塗られていく。
肌の色がゆっくりと変化していった。
「アリストテレスは人間は社会的な動物であるといいました。
私は人間って関係性の動物だと思うんですよ。
つまり、風間さんを夫として求める人がいれば
夫になる。父として求める人がいれば父になる…
あっ、アイメイクをするからしばらく目を瞑ってください」
ゆうきの視界はまっくらになった。筆や指の感触が一層強くなる。
「女として求める人がいれば女になる」
「そんなのは当人の人格を無視しているよ」
「動かないで。眉毛がズレちゃいますよ」
「……」
「あなたが思っている人格なんて偽りですよ。
あなただけじゃない。みんなそうなんです。
この社会を成立させるために与えられた役割を
盲目的に信じ込んでいるんです。
無意識に刷り込まれているからおかしいとも思わない。
でも、全員じゃない。それに矛盾に気づくマイノリティもいる」
唇に何かを塗られた。
そして、頭にウィッグが被せられた。
「目を開けてください」
鏡の前には見たことのない自分がいた。
女性の風間ゆうきだった。


不思議な感覚だった。
鏡の向こうにいる見知らぬ人物が、
こちらと同じように動く。
「思った通り。いや、思った以上ね」
男に施された女の化粧が官能的だった。
「た、確かに綺麗だ。もっと酷いのを想像してた。
我ながら驚くよ。もともと母親似の顔だからね。
けど、女の人は大変だね。毎日こんな化粧をしなくちゃいけないんだろ。
僕には無理だな…」
「何をそんなに怯えているの?」
鏡越しに見る桜から目を逸らした。
黒いワンピースが揺れたと思ったら、柔らかな肌色が現れた。
「な、なにをしてるんだ!」
ゆうきは驚いて立ち上がった。
桜は服を脱ぎ、全裸になっていた。
美しい曲線を描く女体が熱を持って目の前に浮かび上がる。
「早く服を着てくれ。僕はそんなつもりはない!」
視線を落とした。
ウィッグが顔に垂れてきて煩わしいが、正面を向くことができない。
桜はゆうきの手を握り、自らの膨らみへと導いた。
久しく感じていない女の質感だった。
「そうやって、なんでも理性で抑えつけようとする。
必死に言葉を探して、感情をコントロールしようとする」
握られた手はゆっくりと下がっていき、
下半身の茂みに到達しようとしていた。
指先に僅かな湿り気を感じた。
「風間さんも立ってますよ」
言われるまで自分の欲望が反応していることに気付かなかった。
桜は膝をつき、ゆうきのズボンを脱がした。
「こんなになって。私の身体に興奮したのかな?
それとも女みたいに化粧したから興奮してるの?」
最後の一言に頭が殴られたような気がした。
桜はゆっくりと扱き始める。
「だめだ、や、やめるんだ」
否定の言葉を並べても、ゆうきはそれ以上の拒否はしなかった。
あっという間に熱がこみ上げてくる。
「鏡を見て」
顔は女だが、首下は男の自分。
ちぐはぐな格好で下半身を責められている。
倒錯的な光景に何かが弾けた。
「あっ、あっ、だめ」
絶頂を迎える。連続的に発射された濃いザーメンが桜の手のひらにべとりと絡みつく。
「ずいぶん溜まってたみたいね」
ゆうきは力が抜けて、その場に座り込んだ。
「舐めてみる?」
桜は白濁の人差し指を差し出してきた。
特有の匂いがぷんと香った。
たまらず顔を背ける。
「あら、残念」
時間の経過と共に熱が引いていき、床に落ちた精液が目に入ってきた。
(…なんてことをしてしまった)
汚れることも気にせず、ズボンを履いた。
(急いでこの部屋から出て行かないと)
「そのまま外に出る気?」
ゆうきは自分がどういう格好をしているか思い出した。
「化粧した風間さんを見たら、奥さんと娘さんどう思うかしら?」
桜の言葉が一番触れてほしくないところに当たった。
「ここに座って。化粧を落としてあげるわ。」

「はい、これパパのご飯」
華怜はプラスチックのハンバーグを差し出した。
「もうすぐでめいんでぃっしゅができますから、
ちょっとまっていてください」
玩具の包丁を動かしながら、口でジュージューと音を出していた。
「ほら、パパ。ハンバーグ食べて。食べて」
「ああ」
つい数時間前までルージュが引かれた口で
ハンバーグを食べる真似をした。
桜は自分をどうしたいのか。
マンションから出たときにもう二度と関わらないと決めたが、
家に帰るとあの刺激を心のどこかで欲していることに気づく。
顔があれだけ綺麗になったのなら、
服も揃えたらどうなるんだろうか。
考えたこともなかった。
自分の女としての可能性。
「ねぇー、パパー、パパー」
「あっ、ごめんごめん」
華怜の顔を見たとき、湧き上がった考えの
馬鹿さ加減に気づいた。
(一体何を考えているんだ僕は…)

「いってきます」
家を出ると朝の冷たい風が頬を撫でた。
(この格好じゃ寒いな)
駅に向かう途中、すれ違う人の何人かはコートを着ていた。
(確か持っていたコートはだいぶ古くなっていたんだよな)
新しく買い換えようと考えていた時、
前を歩く女性が着るベージュのコートが目に入った。
その部分だけが浮き上がっている気がした。
驚いて視線をズラすと、別の女性がいた。
グレーのスカートから黒色のストッキングが伸びている。
足先はハイヒールでカツカツと心地の良い足音を立てていた。
羨ましい。
そんな感情が一瞬だけ頭をよぎった。
(オカマにでもなるつもりか)
急いで振り払うが、女性が視界に入ってくると
その肉体ではなく、服や身につけているモノに注目してしまう。
そのうち看板や広告の女性にさえ、
これまでに感じたことのない気持ちを抱くようになった。
(こんな風に綺麗になりたい)

その日、桜は休みだった。
ゆうきは一安心した。
同時に空いた席が返って彼女の存在を印象付ける。
彼女は僕を一体どうするつもりなのか。
仕事にも集中出来ず、ただ時間が過ぎていくだけだった。
お昼になると、真島がやってきた。
「あれ、桜さんは?」
「今日休みだよ」
「なんだよー。せっかく一緒にランチしようと思ったのに」
悔しがる姿を横目にゆうきは思い切って聞いてみた。
「なぁ、真島。桜さんのことどう思う?」
「どう思うって、美人で性格が良くて、付き合いたいなーって思うけど。
あっ、これは本人には内緒だぞ」
「いや、なんていうか時々何を考えてるか分からないときはないか?」
「は?なに言ってんだよ」
「いや、もう良い」
他の人間に聞いても同じような反応が返ってくるに違いない。
自分しか彼女の本当の姿を知らないのだ。