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枯れ木に花 4

「ルールを説明します」
 紫のロングワンピースは女の肉体をそのまま切り取ったように見えた。生地が薄いので胸や腰が強調されている。
 ホテルの一室に三人がいた。あけみが営業所で「勝負」と提案した日の週末である。
「制限時間は一時間。文子ちゃんを射精させたら勝ちです。ただし、性器への直接の刺激は禁止します。なので貞操帯をつけてもらいます」
 あけみの手には透明な貞操帯が握られていた。
「順番はどうしますか?」
「レディーファーストだ。お前からでいいよ」
 文則はまだ男の格好をしている。あけみはスラックスを脱がし、貞操帯をつけた。圧迫感があって性器が一回り大きくなったような気がした。
 あまりに淡々と行われるので、羞恥心を感じていること自体が恥ずかしいような気がした。文則はただされるがままに従うほかなかった。
「貞操帯の鍵は翔太さんに渡します」
 翔太は鍵を受け取った。
「ではいまから一時間のタイマーをセットします。これが制限時間です。右隣の部屋も取っているので翔太さんはそこで待ってもらうことも出来ますし、このまま見てもらっても大丈夫です」
「俺は出てくよ」
 部屋にはあけみと文則が残された。
「じゃあ、女同士楽しみましょ」
 あけみはロングワンピースを脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっと、それは」
 慌てる文則を無視して一糸まとわぬ姿となったあけみ。若々しい肌と美しい胸と尻が光に晒される。
「文子ちゃんも脱ぎなさい」
 言われるがまま裸になる。中年男性の貧相な身体が出てくる。
「女としては私のほうが年上だからね。あなたは妹ってところかしら」
 鞄からブラジャーとパンティーとウィッグを取り出し、文則に付けた。
 痛々しい姿であった。あけみは満足そうに笑った。
 下半身に痛み感じた。貞操帯の中で性器が大きくなろうとしていた。
「あれ、どうしたの?もしかして勃起しちゃった?うふふ、私の裸を見ても勃たなかったくせに、女装させられると勃つとか、本当に変態さん」
 あけみは人差し指で文則の乳首を突き始めた。甘い痺れが抜けて行く。
「これ男の乳首じゃないわよね。毎日コリコリしてるの?いやらしいメスの乳首しちゃって」
 綺麗な爪先が機械のように細かく動く。
「なんとか言いなさいよ!」
 急に抓られた。先程までとは一転して痛みが走る。
「ご、ごめんなさい」
「お姉ちゃんの言うことはちゃんと聞きなさいね。文子ちゃん」
「はい、乳首オナニーしてます」
 情けなさで頭がいっぱいになる。同時に下腹部の辺りに確かな熱を感じていた。
「女の子だもんねぇ。おっぱい感じちゃうよね」
 あけみが文則の胸をもみ始めた。
「ほら、触りっこしましょう」
 手があけみの胸へと導かれる。柔らかな感触。久しぶりに触ったおっぱいだ。
 女の子として女性の胸を触るのはとても奇妙な感覚だった。男の欲望が丸出しになったような触り方は出来なかった。ただ、ぎこちなく手を滑らせるだけであった。
「じゃあ、こんどはオマンコ見せて」
 文則は言われるがままお尻を広げた。どんなにみっともない格好を晒しても、穴を見られるのはまったく違う恥ずかしさがあった。
「きゃーすごい。なんか縦割れしてない?遊び過ぎだよ」
 あけみが人差し指で撫でる。
「女の子になるの気持ちいいもんね〜ほら言ってご覧」
「女の子、気持ちいい」
「男やめたいんだよね〜」
「はい、男やめたいです」
「可愛いお洋服が着たいよね、お化粧が大好きだよね」
「可愛いお洋服着たい、お化粧も好き」
 あけみの言葉責めは文則の男の部分を確実に嬲っていた。
「きゃーよく言えました」
 その言葉と同時に細い指が穴にねじ込まれた。
「すぐ入ったね。ごめんね、こんな指じゃ物足りないよね」
 あけみは空いた手でディルドを取り出した。
「ほーら、しゃぶりなさい。たっぷり唾液つけないと、痛い思いをするのはあんたなんだからね」
 文則は哺乳瓶を与えられた赤ん坊のようにディルドに吸い付いた。あけみはいい子、いい子と頭を撫でた。まるで自分が幼女ようになった錯覚に陥った。
「じゃあ、挿れるわね」
 ディルドは童心を完全に破壊した。暴力的な形をしたそれは尻穴へと吸い込まれていく。翔太のモノより大きい。
「すごーい全部飲みこんじゃったね。ガバガバまんこだね」
 痛い。だが、癖になりそうな感覚があった。前立腺が圧迫され、下半身にズンズンとした電流が弾ける。もしかしたらこのままだと射精するかもしれない。
 と思っていたら、タイマーが終了時間を告げた。少しすると翔太が部屋に入ってきた。
「じゃあ30分休憩です。私達は出ていくので、文子ちゃんはこの部屋で休んでください」
 文則はとりあえずシャワーに浴びることにした。狭いユニットバスであった。浴槽に入り、蛇口をひねる。シャワーからお湯が出てきて、身体を流れてゆく。
 何も考えられなかった。ただ女の肉体が頭にこびりついている。男なら当然なのだが、文則はそれが居心地の悪さを感じていた。
 タオルで身体を拭き、服を着る。
 できれば翔太を勝たせたい。だが、射精はしようと思っても出来ないものだ。下手をすればあけみのほうがうっかり出してしまう可能性があった。それは身体の根っこにある男の部分のせいだった。しかもそれは射精とリンクしている。
 翔太たちが部屋に戻ってきた。
「じゃあ、次は翔太さんの番です。わたし見学させてもらいますね」
「勝手にしろ」
 あけみは服を着ていた。備え付けの冷蔵庫からビールを取り出し、椅子に座った。
 文則は不安になった。あけみは的確に色々な方法で自分を責めてきた。女という特権も使った。翔太には分が悪いように感じた。
「化粧して、着替えてください」
 意外な言葉であった。あけみも驚いている。
「準備も一時間の中に含んでるんですよ」
「大丈夫だ。綺麗になった文子が見たい」
 化粧するのに二十分から三十分は必要になる。それだけ責める時間が減るということだ。だから、あけみは準備する時間を与えなかった。
 文則は浴室に入り、化粧を始めた。念の為に化粧品と服は用意していた。
 翔太のためを考えると急がないといけない。しかし、慌てて余計にうまくいかなかくなる。それに少しでも綺麗な自分を見てもらいたいという気持ちがあった。結果的に持ち時間の半分以上を過ぎてしまった。
「おまたせしました」
 翔太は文則を見て微笑んだ。
「綺麗だよ」
 その短い言葉で天にも登る気持ちになった。
 翔太は文則をやさしく抱いた。甘い口づけを交わした。全身から力が抜けて行く。あけみに見られていることも忘れて、熱く舌を絡め合う。
 そのままベッドに倒れ込む。ひとしきりお互いの身体を貪り合う。さきほどの女体とは一転して、翔太の肉体は硬い。筋肉をはっきり感じる。それを確かめるたびに自分が女であることを意識してしまう。
 正常位で入れたいと翔太は言った。顔を見つめながら入れられるのは恥ずかしかった。
 ゆっくりじっくりと入っていく。後ろのあけみが興味深そうに見ていたが、全部入りきったころには彼女のことは気にならなくなった。
 圧倒的な差であった。ディルドとも女とも違う。力強さに圧倒される感じ。動きは次第に早くなり、貞操帯が嵌められた性器が揺れだす。
 もう勝負や射精なんてどうでもよくなった。この瞬間をいつまでも味わっていたい。
 翔太の熱が文則の中に移っていく。それは全身にめぐり、やがて下腹部の一点に集中する。
 ドロリ。貞操帯の中で精液を漏らした。それは射精というにはあまりにも勢いがなかった。だが、確かに白い液体であった。
 ちょうどそのときタイマーが鳴った。翔太は息を乱しながら自らの性器を引き抜いた。
「うっそ、トコロテンしてるの」
 あけみが驚いたように声を上げた。
「はぁ、はぁ、これで俺たちの勝ちだな」
 翔太はベッドに仰向けになった。文則は訳が分からなかった。性器に触らないで射精するだなんて。
 あけみが貞操帯を取り外す。それでまた精液を漏らした。
「お二人のラブラブっぷりには負けましたよ。もう邪魔はしないで楽しんでください」
 あけみは部屋から出ていった。
「すごい、こんなの初めて……」
「俺も驚いたよ」
「勝ったから良かったけど、化粧しろだなんていきなり言うから焦ったわ」
「女の喜びって綺麗になることと男に愛される。このセットだろ」
「わたし、すっかり乗せられたのね」
 翔太と文則は見つめ合い、やさしく唇を重ねた。


 ホテルでの勝負以降、あけみはからかうようなことを時々言うが、二人の関係には口を出さなかったし、周りにバラすこともなかった。
 翔太とは毎週デートをした。食事、買い物、映画、水族館、色々なところを巡った。もちろんセックスのほうも。さすがに「残業」はなくなったが、ホテルやお互いの部屋で愛し合った。ただ、文則がトコロテンになることはなかった。
 しかし、幸せな時間は長く続かなかった。営業所の閉鎖が決まったのだ。
 文則は本社に戻り、翔太はこれを機会に会社を辞め起業し、あけみは別の営業所へ移った。
 三人は最後に近所の居酒屋でささやかなお別れ会をした。
「乾杯」
 ジョッキをぶつけ合う。キンという心地よい音が鳴り、文則はビールを口に含んだ。炭酸と苦味が舌を駆け抜け、喉奥へと落ちていく。
「お、あけみちゃん良い飲みっぷりだね」
 翔太は一気に半分ほど飲んでいたが、あけみはそれ以上に飲んでいた。
「わたしけっこうザルなんですよ。すいませんおかわりください」
「そういえば、飲み会開いたのは初めてだったね」
 文則が枝豆を口に運んだ。
「そうっすね。なんだかんだでやってませんから」
「営業所がなくなるのは本当に残念ですよー。こんなに素で仕事できる職場なんてもうないですから」
「お前、最初はめっちゃ猫かぶってたもんな」
 あけみは二杯目の半分ほど飲んでいた。
「仕方ないじゃないですか。それよりお二人はこれからどうするんですか?まさか遠距離とか」
 文則は辺りを伺った。薄い仕切りがあるだけの座敷のお店だ。早い時間なので客はまだ少ないが、あまり大きな声で話す内容ではない。
「それはないな。しばらくは起業のことで寝る暇もないくらい忙しくなると思うし、それに所長の家庭のこともあるから」
 翔太のジョッキは空になっていた。
「まぁ、僕としても楽しい時間を過ごせたから満足だよ。翔太くんには新しい会社で成功してほしいと心から願っているからね」
 別れを告げられたとき文則はショックであった。しかし、若い彼の挑戦は素直に応援したいと思った。自分に何かできることがあればいいが、何もできないのなら身を引くのが一番良い。
「はぁー、やっぱ文子ちゃんは古風だわ。女装はこれからも続けるんですか?あ、おかわりください!」
「ちょっと、声が大きいって。うーん」
 店員が新しいビールを持ってきた。
「いや、その、ねえ、家に戻ることになるから、たぶんやめると思う」
「ええー、残念。わりかしいい線行ってたと思いますよ。熟女装って意外とマニアが多いですからね」
「おれもちょっと残念ですけど、どっかで区切り付ける必要がありますもんね」
「そうなんだよ。人生のいい経験になったよ」
「普通は出来ない経験でしたからね」
「わたしも、たぶん一生ないと思う」
 文則はなんだかおかしくなった。気がつくと翔太とあけみも笑っていた。ここ数ヶ月はなんだか夢のような時間だった。
 

 文則は家族の住む家に戻った。女装用品をすべて処分し、SNSのアカウントも消した。
 妻の美智子は一緒に住むようになったらなったでブツブツと文句を言うようになった。娘の友里は受験に落ちて浪人することになった。
 本社では庶務課の課長に配属された。おそらく定年までここにいるのだろうと思った。課はほとんど女性であった。
 文則はデスクに座り自分で淹れた茶をすすりながら、女子社員たちの横顔を見ていた。ああ、メイクが雑だな。服も垢抜けないし、もっと綺麗にすればいいのに。
 文子は文則の深い部分に根付いてしまったようだ。まだ当分は逃れられそうにない。


END
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枯れ木に花 3

 駅前にあるオブジェの周辺は待ち合わせをする人々で混雑していた。
 何をモチーフにしたのか分からない銀色の球体はマスク姿の文則を映し出している。格好は膝下スカート、白色のカットソー、そしてカーデガンを羽織っていた。
 翔太の呼び出しから、二時間が過ぎていた。化粧や服選びよりも外へ出る踏ん切りを付ける時間のほうが長かった。ドアの前で深呼吸を繰り返し、近所の人がいないことをのぞき穴で何度も確認した。
 一歩外に出れば「もうどうにでもなれ」という気持ちで歩を進めた。露骨にジロジロと見てくる人は意外といない。それどころか大半は素通りする。中には驚いたように文則を見てくる人もいるが。
「どうも〜」
 翔太はジャケットにハーフパンツという服装だった。いつもスーツ姿しか見てないので私服というのが新鮮であった。スタイルが良く、ファッション雑誌からそのまま出てきたような雰囲気があった。
「あ、その、こんにちは」
「硬いですよ。もっとリラックスしてください」
「ちょっと声が大きい。……恥ずかしい」
 女装子が立っているというだけで視線を集めるのに、背の高い翔太が来たことで余計に注目を集めている。カップル?何かの撮影?どうしてあんなオカマと。文則にはそんな声が聞こえてくるような気がした。
「人は人。俺らには関係ないでしょ」
 ビクビクしている文則とはまるっきり正反対だった。翔太は堂々としていて、周りの視線をまったく気にしていなかった。
「俺に近づいて歩いてくださいよ。相対的に文子ちゃんが小さく見えますから」
 文則の肩に翔太が手を回した。心臓が高鳴る。まるでウブな女の子じゃないかと思いながら、心のどこかではその状況を嬉しく感じていた。
「適当にぶらつきましょうよ」
 二人は並んで歩いた。その距離感は傍から見れば恋人だった。
 文則は若い頃に女の子とデートしたことを思い出した。あのときはバブルで街そのものが浮かれていた。名前は忘れたが派手な女だった。運転手のようなことをして仲良くなった。当時はそういう男をアッシーと呼んだ。数回デートした。金ばかり掛かって嫌気が差した。
 翔太は文則を服屋に連れて行った。いつもネットで買っているから、直接手に触れて選べるのは嬉しかった。店員も慣れているのか怪訝な顔をせずに接客してくれた。
 買い物って楽しい。だから、妻の買い物があんなに時間が掛かるのかと思った。
「ちょっと早いですけど、ご飯でも食べませんか?」
「う、うん……」
「大丈夫です。個室のレストラン知ってますから」
 心の底から翔太のことをいい男だと感じた。気遣いやエスコートが自然で上手い。モテる男というのは外見だけではなく、内面も整ってないとだめなのだと知った。男のときであれば気取りやがってと悪態をつくが、いまは翔太に陶酔している自分がいた。
 そのレストランで翔太は常連らしく、奥の個室に通された。イタリアンだった。料理も美味しくて、二人っきりということで文則はようやく一息つけた。
「リラックスできましたか?」
「うん、外はやっぱり緊張するね」
「文子ちゃんはセンス良いから、悪目立ちはしませんよ。もっと堂々としてたら大丈夫です」
「ありがとう。翔太くんは女装子と遊ぶのは慣れてるの?」
「ほどほどですね。でも、俺らみたいなのってだいたい身体だけの関係で終わることが多くて、こんな風に食事するのは珍しいかな」
「そうなんだ」
「しかも大半は本名も年齢も知らないような付き合いなんですよ。気楽っちゃ気楽ですけど、なんか寂しいじゃないですか」
 翔太はワイングラスの柄の部分を指で擦っていた。
「女装子が好きなの?」
「女装子とも遊びますし、普通のゲイとも付き合います。俺みたいなタイプはかなり珍しいんです。ゲイって女装子嫌ってますから」
 翔太はいつもより饒舌だった。酔っているのか顔が少し赤くなっていた。
「それに俺、どっちかというと老け専なんですよ。だからゲイの中でも肩身が狭いっていうか、マイノリティの中のさらにマイノリティで」
 翔太ははっきりと自分をゲイだと認識している。それに比べて文則は自分の性指向がよく分からなくなっていた。女装は楽しい。翔太と付き合うのも楽しい。だが、それを男性一般にまで広げるかというと話は変わってくるし、四六時中女になるというのは想像が出来なかった。
 おそらくこれは遊びなのだ。女のいいとこ取りをしているだけだ。ときどき男であることを忘れるような気持ちになることもあるが、根っこの部分は変わらないだろう。
「俺、親父がいないんです。小さい頃に死んじゃって。だから、年上の男性に欲望を感じるのかも……すいません、変な話しちゃって。なんか歪んでますよね」
 翔太はワインを一気に飲み干した。
 目を伏せながら喋る翔太がとても幼く見えた。外で堂々としていた彼には何の悩みもないと思った。しかし、想像もできないような葛藤を垣間見た気がした。
 そして、自分はそれを面白半分に晒そうとした。
「翔太くん、雑誌のこと本当にごめんなさい」
 急に謝られ、翔太は驚いたように顔を上げた。
「はは、もう気にしてないですよ。それにあのことがあったから、文子ちゃんに出会えたわけじゃないですか」
 照れた表情を浮かべる翔太に胸がジーンとなった。それは恋というよりは母性なのかもしれないと文則は感じた。


   


「所長、ちょっといいですか?」
「なに?」
 パソコンから顔を上げるとあけみが立っていた。
 仕事の質問かと思ったが、様子がおかしい。
「翔太さんって彼女とかいるんですか?」
「いやー、いないと思うけど」
 女に興味ないよとは言えなかった。
「昨日、翔太さんがデートしてるところ見ちゃったんですよ」
 唾を飲み込んだ。ゴクリという音が耳に残る。
「隣にいたのって女装した所長ですよね」
 バレた。パニックになった。翔太になんて言えばいい。どう相談すればいい。何か言葉に出そうとしても喉が詰まって喋れない。
「そんな慌てないでくださいよ。本社に報告するとか、周囲にバラすつもりはいまのところないですから」
「じゃあ、一体……」
「私にも女装した所長を見せてくださいよ」
 あけみはいつものように人懐っこい笑顔を浮かべているが、いまはそれが笑顔には見えない。
「でも、それは」
「へぇー、拒否するんだ」
 文則は立ち上がった。言う通りにしないと何をされるか分からない。
 ロッカーに入り、女子社員の制服に着替える。
「下着は女性モノなんですね」
 あけみが覗き込んできた。文則は思わず手で下半身を隠した。
「ちょっとその反応は男丸出しですよ。女同士って思ってください」
 女性に女装姿を見られるのは、男性に見られるのとは違った屈辱があった。目の前に本物の女性がいると、自分が偽物であるという現実をこれでもかと突きつけられる。
「似合うじゃないですか。ウィッグまで会社に置いてるんですね。そのまま仕事します?」
「いや……それは勘弁してほしい」
「名前は何ていうんですか?」
「文子です」
「古風な名前ですね」
 あけみはへぇー、ふーんと言いながら、文則の女装姿を見ている。
「これ秘密なんですけど、学生のときにSMクラブでバイトしてたんですよ。こう見えてS女王様。年下の女の子に虐められたいマゾってたっくさんいて、色々と楽しんだなぁ」
 翔太に詰められた怖さとは違う恐怖を感じていた。肉体ではなく精神にくるような感覚だった。
「とくに所長みたいな情けない男に女装させて徹底的に甚振るんです。男のプライドをガタガタにしてあげて、私の虜にさせちゃうの。就職して、SMクラブは辞めたんですけど、ちょうどペットがほしいなと思ってたんです。どうですか?」
「いや、その、わ、わたしには翔太さんがいますから」
「エッ!うっそ!所長って完全にそっちなんですか!あらー残念。でも」
 あけみは文則の性器を握りだした。
「こっちはそうは言ってませんよ。なんか大きくさせてませんか?」
 文則は腰を引いて逃げようとしたが、執拗に追いかけてくる。ネイルの施された綺麗な手が蛇のように責めてくる。
「文子、かわいいーそんなにモジモジしちゃって」
 あけみは手を引いた。文則はたまらずその場に座り込んだ。
「にしてもホモだったなんて意外でした。あれ、でも、奥さんと娘さんがいましたよね」
「別にホモというわけでは……」
「ああ、じゃあ、最近目覚めたパターンだ!中年の雌堕ちですね。なーんか悔しいな。翔太さんカッコイイからちょっと狙ってたんですよね」
 その声はいつもの甘えた舌っ足らずなモノではなかった。
「ムカつくから、この場でオナニーしてもらっていいですか?」
「へ?」
「いやらしく脱いで、オナニーしてくださいって言ってんの。言うこと聞かないとバラしますよ」
 あけみは文則のシャツのボタンを半分ほどあけて、肩を露出させるようにした。スカートはすべて脱がし、ストッキングの盛り上がりを晒した。
 文則はただされるがままであった。
「うわー、エロいエロい。ほら、シコってくださいよ。それともお尻の穴が寂しいですか?」
 文則は恐る恐ると性器を上下にこすり始めた。気持ちよさよりも見られているという緊張しか感じなかった。
「オカズいりません?あっ、でもチンポ画像とかのほうがいいかな、変態女装ホモ野郎には」
 あけみの声が低くなった。その目には蔑みが溢れている。
 文則の心がゾクリと震え上がった。
「だいたい翔太さんとかじゃねんだよ。気持ちよければなんでもいいんだろ。おら、手を止めんなよ」
 口調が静かな激しさを帯び始める。
 娘くらいの年の女の子にこんな命令をされてるなんて。文則の背徳感が燃え上がり、全身がカッと熱くなった。
 欲望は下半身に集まりだし、その勢いを高めていく。
「手、止めろ」
 短く鋭い言葉に文則は思わず手を止めた。先の方まで溜まっていた欲望がスルスルと抜けていき、熱の余韻だけが残り、むず痒かった。
 イキたい。文則の思考が射精という二文字で埋め尽くされる。
 あけみは靴を脱いで、蒸れた足を差し出した。
「ほら、お舐め?」
 犬のように扱われても、怒る気持ちは起こらなかった。むしろ酸っぱい匂いが鼻先を擽ったときに、自分の性癖には逆らえないという諦めのようなものを感じてしまった。
 小さな足に顔を近づける。匂いが一段とキツくなる。ゆっくりと呼吸しながら、舌先をストッキングに這わせる。ザラザラとした繊維の向こう側に硬い指先があった。
「女装マゾには、チンポのほうが良かったかな」
 突然、あけみは文則の顔を蹴った。
「なんとか言えよ!」
「は、はい。チンポのほうが良かったです」
 呆気にとられた文則は思わずオウム返しのように喋ってしまった。
「あーら、根っからの女装ホモなのね」
 あけみはスマホを弄って、男性器の画像を表示させた。
「これでシコってみなさいよ」
 赤黒く血管が隆起した性器。ただ、文則は男性器だけで自慰行為をしたことがなかった。彼のオカズは男女の絡みで、女性側に感情移入することだった。
 しかし、そんなことを言っている状況ではない。
「このチンポを舐めたり、ぶっ刺されるところを想像すんの」
 あけみの声には催眠術のような響きがあった。文則の頭の中には自分がそうしている映像が次々と浮かんだ。
「ほら、みっともなくしごけ。オカマ!」
 罵られながら、チンポの画像を見ながら、文則はあっという間に絶頂を迎えた。
「あっ、お昼休みだ。わたし、今日は外でランチしてきますから、戻ってくるまでに片付けておいてくださいね」
 あけみはそう言って財布を持って出かけていった。
 残された文則はよろよろと立ち上がった。気がつくと頬に涙が流れていた。 
 

 翔太はいつもより早い時間に営業所に戻ってきた。彼の顔を見たとき、文則は心の底から安心した。
「これ報告書です。取引先から注文が入りました」
 渡された書類を掴む指が震えていた。翔太は不思議そうに文則の顔を見つめる。
 なぜだかさきほどの痴態がフラッシュバックしていく。笑顔、制服、足、性器、ザーメン。
「なにかあったんですか?」
 文則の視線があけみのほうへと泳いだ。彼女は何事もないかのように仕事をしていた。
 翔太があけみに声をかけた。
「俺がいない間になにかしたろ」
「えー、まぁしたかしないかって言ったらしましたけど。お二人ほどではないですよ」
「お前、いい加減にしろよ」
「そんな怖い声出さないでくださいよー。所長だって楽しんでましたし」
「それは」
 文則は思わず声を上げた。
「”彼女”と遊んだことは謝りますよ。それよりも私も混ぜてくださいって」
「なに?」
「どっちが文子を気持ちよくさせるか。勝負しません?」

枯れ木に花 2

「山城あけみです。よろしくおねがいします」
 あけみは少しぽっちゃりした背の低い女性であった。当然ながら彼女の制服は文則が「残業」で着ているのと同じタイプだ。
 挨拶もそこそこに翔太は外回りに出かけた。残された文則はあけみに仕事の引き継ぎや備品のことを教えた。彼女は飲み込みが早かった。おまけに愛想も良い。クリっとした瞳で見つめられると、こそばゆさを感じる。
 文則は机に戻り暇になるなと思った。仕事の大半はあけみにやってもらうことになる。しばらくはフォローが必要だろうが、すぐに独り立ちできそうだ。
 視界に若い女性がいるのが久しぶりであった。殺風景な営業所がパッと明るくなった気がした。
 当たり前であるが彼女の制服姿には何の違和感もない。それどころかムチッとした身体を強調し、スカートが美しい曲線を描いている。男の視線を集める着こなしであった。
「なにか?」
「いや、なんでもない」
 男女の体格差において腰回りの肉付きは特に重要であった。だが、女装子がその部分を意識することは意外と少ない。皆、顔や胸の方にばかりを気にかけている。
 文則は今度尻パッドを買おうと思った。
 昼時、あけみはコンビニでパスタとサラダを買ってきた。
「所長は手作り弁当なんですね」
 薄い緑色の弁当箱の半分にはご飯が詰め込まれ、もう半分には冷凍食品のオカズが入っていた。
「はは、自分で作ってるんだけどね」
「すっごーい。男の人で珍しいですよね」
 料理は節約のためにやっていた。
「この営業所は私以外の女性っていないんですよね?」
「そうそう。前は一人いたけどやめちゃってね」
「良かった。わたし同性からは嫌われやすいタイプで、前の会社もそれでやめちゃったんですよ」
「へぇーそうか」
「なんか普通にしているだけで男性に媚びを売っているように見えるみたいで、周りの反感を買っちゃって」
「ほう。そんなことはないと思うけどな」
 とは言うものの、初対面からあけみの小悪魔っぽさを感じ取っていた。男への甘え方が上手い。ただ、それ以外の不思議な魅力が彼女にはあった。可愛さや美しさとは違う別の何か。
「女同士って陰湿ですからイヤになっちゃいますよ。まぁ、男の人には分からないでしょうけど」
「う、うん。そうだね」
 
 あけみが来てから「残業」はなかった。
 しかし、文則の女装癖は酷くなっていた。
 休日。一人暮らしのアパートで準備を始める。まずは浴室で体毛を剃る。肌荒れを防ぐために女性用のシェービングクリームを塗り込み、ピンク色の剃刀で丁寧に処理をしていく。すべてが終わったら薔薇の香りをするボディクリームで保湿。バスタオルを胸元に巻いて、部屋でノートパソコンを立ち上げる。音楽プレイヤーで若い女性歌手の曲を流す。
 アップテンポの曲調で、初めてのデートへ向かう女の子の気持ちを歌っていた。
 社会人になってから趣味らしい趣味は持っていなかった。だが、もともと凝り性なところはあった。女装をするときは単に服を着るだけではなく、ライフスタイルをまるごと女性に近づけようと思った。
 化粧をするためにスタンドミラーを覗き込む。そこでいつも「現実」を突きつけられる。自分は五十手前の「オッサン」なのだと。
 目元や口元に薄く刻まれた皺が微かに震えた。
 みっともない、変態、気持ち悪い、似合わない、そんな言葉が頭を通り過ぎていく。重々承知である。傍から見れば気が狂った行為に見えるのは分かっていた。
 それでもスカートやストッキングの感触には振り払うことのできない魅力があった。化粧を覚えてからは、綺麗になる悦びも知った。
 どれだけ頑張っても女性には見えない。でも、そこに近づいていくことが楽しい。
 キッカケは翔太からの命令だったが、いまではすっかり女装にハマった自分がいた。
 始めたばかりの頃の化粧は白塗り厚塗りの酷いものであった。そこで諦めずに、本やネットで勉強し、何度も繰り返すことで上手いやり方が分かるようになってきた。テクニックも大事だが、土台の肌質も重要である。朝晩と洗顔フォームで顔を洗い、化粧水と乳液をつけた。二週間ほど続けると、中年特有の油っぽさが抜けてしっとりとした肌質へと変わっていった。
 人生の折り返し地点を過ぎて、これからは枯れていく一方だと思っていた。しかし、女装に出会ったことで、新しい自分になれることを知った。 
 化粧水を顔に叩き込み、BBクリームを塗り込む。髭隠しのためにピンクのチークをかぶせ、パウダーファンデでフタをする。女装入門書で学んだテクニックだ。アイラインを丁寧に引いていき、ビューラーでまつげを挟む。眉毛は眉潰しでカバーして、その上に細い眉毛を描いていく。アイシャドウはベージュが自然。文則は派手なメイクよりもナチュラルなメイクを好んだ。チークを頬に載せて、リップスティックで唇を彩る。
 完成した顔をスマホで自撮りする。鏡で見るのと写真で見るのは随分と印象が変わってくる。写真のほうが酷だ。
 それでも写真は修正ができる。画像編集アプリを駆使して、自分の顔を加工していく。やりすぎると不自然になるので必要以上はやらない。大事なのは肌である。軽く色を付けて、フィルターで全体をぼやかす。
「休日、一人さみしく女の子になってまーす^^;」
 SNSに自撮り画像を上げる。女装子が集まるサイトだ。女装を始めるまではこういう場所があるだなんて思いもしなかった。ネット上だけの付き合いだけだが知り合いも増えた。
 アップした画像に反応が集まる。
 お世辞かもしれないが「女性に見える」という言葉にうっとりとしてしまう。
 一通り自撮りを終えたので、パソコンでお気に入りのエロ動画を再生する。素人モノだ。
 女装をするようになってからニューハーフや女装子系の動画を見ていたが、上手く感情移入できなかった。普通のAVのほうが入り込むことが出来た。
 画面の中で遊び人風の男にウブなOLが弄ばれている。気持ちは女性のほうへと集中していく。それは彼女をどうこうしたいというものではなく、彼女みたいになりたいというものであった。一回りも二回りも年の離れた自分とはまったく別の存在。それなのに心が激しく同一化を求めようとしている。
 興奮が高まると動画を一旦止めて、アナルプラグを取り出す。ローションを付けて、ゆっくりと尻穴に挿れる。スルリと中に入っていくとゾクゾクとした感覚が突き上げてくる。
 その状態で動画を再生する。OLが乳首を触れられると、自分も乳首を触れる。最初は真似でやっていた乳首弄りもいまではすっかりと感じるようになった。
 年齢のせいもあって性的なことからは離れていた。若い頃は風俗に通ったりもしていたが一瞬の快楽のために金を払うのは馬鹿らしかった。でも、女装オナニーは新しい気持ちよさを教えてくれた。背徳感が良いスパイスになるし、山のように上がっていくのではなく、波のように続く感覚が病みつきになる。
 だめだ。我慢できない。
 文則はゴムを性器に被せて、ゆっくりと扱き出した。まだお尻だけではイケない。あっという間に射精してしまう。
 さっきまでの興奮が一気に引いていく。ああ、またやってしまった。後悔が押し寄せてくる。
 ゴムを外し、こぼれないようにして床に置く。白子のように見えた。
 プラグをゆっくりと抜いて、しばらく横になる。
 気分はあっという間に冷めていき、性欲を呪いたくなってくる。
 これもどれも翔太のせいだ、と思いたいが、ここまでやっているのは文則の意思であった。
 辞めようと思うが、またしばらくすれば回復してくるのは経験として分かっていた。いっそ出家するようにすべてを捨てて煩悩から解放されたいが、いまはウジウジと悩むしかなかった。

 その日、翔太は珍しく営業所内で仕事をしていた。
「あの、この書類の数字なんですけど」
 あけみが翔太に話しかけていた。
「ああ、これはこことここが……」
 文則は二人が近づくのがやたらと目についた。あけみの距離感が近すぎる気がした。だから女に嫌われるのが分からないのか。翔太がたぶらかされないか心配になったが、女には興味がないことを思い出した。
 いや、おかしいだろう。一体どの視点で見ているのか分からなくなってきた。
 女装は趣味と割り切ろうとしている。ところが、日常の中での感じ方や考え方が侵食されている気がするのだ。それはほとんど無意識の領域で広がっていき、ふとした瞬間に顔を出してくる。
「所長、お電話です」
 あけみの声で文則は我に返った。いっそ自分が女ならばこんなに悩まなくて済むのに。
 夕方になり、終礼を行った。
「おつかされまです」
 あけみが帰ると、翔太はイヤらしい笑みを浮かべた。
「久しぶりに残業しませんか」
 嬉しいと思ったがなるべく表情には出さないようにして頷く。女装癖が酷くなっていることをこの男には知られたくなかった。
「着替えてきます」
「今日はこれ使ってください」
 差し出されたのは浣腸であった。
「説明書入ってますから。時間掛ると思うんで、ゆっくり準備してください」
 文則はトイレに入り、浣腸をした。三年前、腸検査のために病院でやって以来である。少しすると便意がこみ上げ、排泄が始まった。絞り出される感覚は悪くなかった。
 女装の準備を始める。メイクできないのは惜しいが仕方がない。
 いつも通りの女子社員の制服で翔太の前に立つ。
「ずいぶんと溜まってたんじゃないんですか」
「……そんなことは」
「文子ちゃんはスケベな女だからね。休日は一人遊びしてるんでしょ」
 翔太はスマホを見せてきた。そこには文則の女装自撮り画像があった。
「これは!」
「俺もこのSNS使ってるんですよ。女装子と出会うためにね。こんな顔丸出しで、不用心すぎません?もしかしてバレたいんですか?」
 SNSでは気分に任せて卑猥なことも書き込んでいた。文則の顔がみるみると赤くなっていく。
「これ可愛く読み上げてくださいよ」
 スマホを受け取る。身体に流れる血が一気に沸騰する。
「ち、乳首がとっても感じるようになりました」「ぺ、ぺにくりを指でクチュクチュするのがきもちいいの」「女の子の快感って病みつきになるわ」
「あはははは。ちょっとやりすぎました。ごめんなさい」
 翔太はいたずらっ子のように笑った。
「でも、文子ちゃんがここまで女装にハマるなんて思ってもいませんでしたよ。自撮りなかなかカワイイじゃないですか」
 カワイイ?文則は耳を疑った。羞恥心を甚振るのではなく、本心から出ている言葉のように聞こえた。
「まぁ、加工してますけど、バランスいいですよね。ほら、たまにいるじゃないですか。やりすぎてオバケみたいになってる人。メイクは独学で練習したんですか?」
「本とかネットの動画を見て、やりました」
「すごいなぁ。俺、女子社員が入ってきたから残業はもう辞めようかなって思ってたんです。最初はちょっと仕返しをするつもりだけだったから。でも……」
 翔太が文則の唇を奪った。乱暴に吸い上げて、舌を絡ませてくる。足の力が抜けていき立っていられなくなる。
「俺があの女子社員と喋ってるとき嫉妬してたでしょう。そういうところも女の子なんですね」
 翔太の手が文則の尻を鷲掴みにした。粘土をこねるように揉みほぐし、スカートをまくりあげる。ストッキングの中に手を突っ込まれ、パンティーの上から穴を刺激された。
「ヒクヒク動いてますよ。我慢できないでしょ」
 それは翔太も一緒であった。彼の下半身は溢れんばかりに硬くなっていた。
「あぁん」
 相手の欲望が伝わってくると、それと呼応するよう自分の欲望も燃え上がる。ああ、私は女として価値のある存在なんだ。
 文則はあけみの机の上に手をついた。尻は翔太のほうを向いている。
 男のときであれば自分のタイミングでスタートすることが出来た。ところが、いまはすべての主導権を翔太が握っていた。不自由さは一切感じなかった。むしろ嬉しかった。
「ちゃんとおねだりしてください」
「お、おちんぽ、ください」
「なんて?」
 翔太が意地悪く言う。
「おちんぽください!私を女にしてください!」
 返事はなかった。代わりにパンティーをズラされた。
「まるでAVみたいですね」
 翔太の先端が尻穴に突きつけられる。
 先端は穴の周りを味わうように動き回る。
 ローションが塗られた。いよいよ来ると思った瞬間、穴に熱が伝わってきた。
 浣腸とアナルプラグによる拡張で穴は棒をスルリと飲み込んだ。しかし、痛みはある。文則は目の前にあった書類を思わず握りしめた。
 翔太はフェラチオのときのような乱暴さを見せなかった。ゆっくりと優しく中に押し込んでいく。何度か出し入れを繰り返し、ようやく穴は棒を根元まで咥え込んだ。
「これで一人前の雌ですよ」
「あ…はぁ……」
 言葉を発する余裕はなかった。プラグとはまったく違う感触。熱くて、力強さがあって、命そのものが体内に入っている。 
「良い締り具合です。たまりません」
「あ、ああ、は」
 翔太は徐々に腰を動かし始めた。そのたびに文則は細かく息を漏らした。
 机の上にヨダレがこぼれ落ちる。不味いぞと日常が顔を出したが、すぐさま非日常がそれを押さえ込んだ。
 一突きごとに脳を揺さぶられ、男のメッキが剥がれ落ちていく。これまでやってきた女性の膣に性器を挿れる行為は一体何だったんだろうか。

 

 服、化粧品、ボディケアグッズ、香水といった女のアイテムが机に並んでいる。
 文則はゴミ袋を握りしめていた。
 翔太に犯された日の衝撃は二十三歳のときに風俗で童貞を卒業した以上のモノであった。記憶は曖昧だが快楽は確かに感じていた。なにより心を持って行かれる気がした。女とのセックスや一人の自慰とはまったく違う体験であった。
 あのときもう後戻りは出来ないと思った。でも、日常に戻るとやはりあれは異常だった。
 休日。家から一歩も出ずに文則は悩んでいた。
 女装用品は全部捨てて、翔太にキッパリと断るべきではないだろうか。
 だが、またあの味気ない毎日に戻ることを恐れていた。
 翔太のことは別にして、女装自体は心の底から楽しいと感じていた。そんな気持ちになったのは本当に久しぶりだったのだ。
 それに女のモノを改めて眺めると、その色やデザインが心から愛おしくなってくる。女性性の結晶のようなそれらのパーツは見ているだけで幸せな気持ちになる。
 携帯電話が鳴った。翔太からだった。
「文子ちゃん?いま近くまで来てるんだけど、一緒に遊びませんか?」

枯れ木に花 1

 事務員の靖子が辞めて一週間が過ぎた。それまで彼女やっていた業務を文則が引き継ぐことになった。
 書類作成、電話対応、掃除。五十を手前にしてこんな仕事をやるだなんて思ってもいなかった。そもそも部下である翔太がやるべきことなのだろうが、彼は営業の外回りで忙しかった。
「所長は会社の中でヒマでしょ。俺が仕事取ってこなかったら、この営業所は閉鎖されますよ」
 若造にそんな口を聞かれるのは我慢できなかった。でも、言うことは事実であった。
 文則は数年前に本社から左遷されてこの営業所にやってきた。当時は五人ほど社員がいたが、給料が安い、待遇が悪いといった理由で次々にやめていった。結果、中途採用の翔太だけが残った。
 生意気だが仕事は出来る男だった。それが余計に文則の癇に障った。
 ある日の午後。文則は事務仕事をしていたが、翔太の顔が頭にチラついて仕方なかった。朝礼で報告がいい加減なのを注意したら「二人しかいないのに何言ってんすか?」と馬鹿にされた。
 これだからゆとり世代は!背が高いからって調子に乗るなよ。
 翔太は文則より頭ひとつ分大きかった。必然的に上から目線ということになる。おまけに体格が良いので威圧感もある。
 資料をプリントアウトするために立ち上がると、翔太の机に置きっぱなしの鞄が見えた。通勤で使っている私物だった。
 チャックが開いており、外から中身が見えた。何かの雑誌が入っている。覗き込むと、文則は思わず声を漏らした。
「……これは」

 夕方。翔太は外回りから帰ってきて、日報を文則に渡した。
「おつかれさまでーす」
「おい!今朝も言ったが報告をもっとちゃんとしなさい」
 翔太は怪訝な顔をした。
「はぁ。でも必要なくないっすか?」
「必要か、そうじゃないかは私が決める。それとこういうものを会社に持ち込んでは困るよ」
 ゲイ雑誌を机に放り投げた。翔太の鞄の中に入っていたものである。表紙に悩ましげな表情を浮かべた半裸の男性が載っている。
「あ」
 おののけ。ひかえろう。これで立場は逆転したぞ。文則は水戸黄門で印籠を出したような気分であった。
「勝手に漁ったんですか?」
 文則は戸惑った。思ってた反応と違う。青ざめて、泣きわめいて、許しを請うのではないのか。
「そ、そうだ。きみこんな趣味がバレたらどうなることやら」
「俺、家族や友達にはカミングアウトしてます。みんな受け入れてくれてますから」
「は、いや、その」
「それよりこれって脅迫ですよね。本社に言いましょうか。所長クビっすよ」
「へっ!そんなことは……」
 文則の顔から血の気が引いた。
「今の時代、コンプライアンスがどれだけ大事かわかんないっすか?だからこんな地方に飛ばされるんですよ。本社だけじゃなくて警察にも言いましょうか?」
 軽い気持ちのつもりだったが、自分はとんでもないことをしでかしてしまったのか。
「所長の年で再就職なんてムリですよね。奥さんと娘さんをどうやって食わしていくんですか?娘さんは来年大学受験だって言ってましたけど、大丈夫っすか?」
 悲惨な未来が頭を過ぎった。解雇、離婚、ホームレス。文則の涙目になった。
「あ、あ、いや」
「まったくここまでやって謝ることも出来ないなんて、本当に情けないですね。いい大人の男がみっともないと思わないですか?」
「……すいませんでした」
 立場は完全に逆転していた。
「まぁ、これはここだけの話にしておきましょう。その代わり所長にはお仕置きをしないといけません」


 週末。文則は休日出勤をしていた。翔太のお仕置きを受けるためである。
「なかなか似合ってるじゃないですか」
 文則はウィッグを被って、女子社員制服を着せられていた。チェック柄のベストに黒いスカート。襟元にはリボンが結ばれている。ちなみに下着も女性物だった。
 どこか似合っているっていうんだ。文則は心の中で悪態をついた。あからさまに馬鹿にされている。
「本当は化粧もやらなきゃダメなんですけど、今日のところはこれでいいですね」
 今日のところは?文則は耳を疑った。こんなことが続くというのか。
「じゃあ所長の大好きな朝礼やりましょうか!とりあえず自己紹介して」
「え?」
「自己紹介ですよ。女子の新入社員として名前と挨拶ですよ」
「田中文則です。よ、よろしくおねがいします」
「いや、その格好で文則はないでしょう。空気読んで下さいよ」
「どういうこと?」
「女の子の名前ってことですよ。そんなこともわからないんですか」
 気が遠くなった。自ら女の名前を名乗るなんて。
「田中文子です。よろしくおねがいします」
 翔太は拍手をした。
「じゃあ、俺は溜まっていた仕事があるんで。あっ、そうそうお茶お願いしますね」
 文則は給湯室でお茶を入れた。男の自分が女子社員の格好でお茶くみをするなんて悪夢以外の何者でもない。腸が煮えくり返るが、怒りよりも情けなさが先に出てしまう。
 そのとき文則は自分が狙われているかもしれないことに気づいた。翔太は同性愛者だ。その気になれば襲ってくることだってありえる。
 怒りの気持ちは反転して恐れとなった。得体の知れない恐怖だ。
「サンキュー」
 お茶を置く。翔太はパソコンで資料を作っていた。
 意識しすぎか。文則は少し安心した。同性愛者でも自分みたいなオッサンをどうこうするなんて馬鹿げた話だ。これは罰ゲームみたいなものなのだ。
「文子ちゃんも自分の仕事してくださいね」
 翔太は文則を徹底的に女子社員として扱うようだ。
「……はい」
 文則は椅子に座り、パソコンを立ち上げてみた。とくにすることはない。いつものクセで足を開くとスカートが引っかかった。何気なく足を閉じると心に高揚するものがあった。
 あえて気づかないようにしていたが、下着やストッキングの感触は気持ちが良い。身体を締め付ける圧迫感もなんだか心地良い。
 なにをバカなことを。文則はまともな男の自分を保とうとした。
「文子ちゃん」
 翔太は年下の女子社員に喋りかけるような甘えた声を出した。
 文則はギクリとした。何を言われるのか。
「この取引先のことなんですけど」
 ホッとした。仕事の相談だった。
 パソコンの画面を見ようと顔を近づけたとき、翔太が耳元で囁いた。
「なぁ、シャブッてくれよ」
 全身に寒気が走った。
「いい加減しろ!」
 文則は怒鳴った。もう付き合いきれない。
 翔太は無言のまま立ち上がり、じっと睨みつけてくる。
 目の前に大きな壁があるようだ。文則は思わず後ろにこけそうになる。 
 男のプライドを傷つけられたという怒りはシュルシュルと萎んでいった。
「あんまり調子のんなよ。自分の立場ってものをわきまえろよ」
 おそろしく冷たい声だった。普段の翔太とはまるで違う。
「人が優しくしているうちに言うこと聞けよ。さぁ、しゃぶれよ」
 翔太はズボンを下ろすと、椅子に座った。
 文則はゆっくりと床に膝をついた。翔太の性器が目に入る。
 巨大だ。亀頭が露出した黒ずんだ男性そのものが鎮座している。
 フェラチオということに一瞬身体が拒否反応を起こしたが、さきほどの恐怖がそれを打ち消した。
 ゆっくりと口に近づける。匂いが鼻を突き刺す。
 口に含むと圧迫感と苦味で吐きそうになった。堪えながら舌で舐めているとだんだんと硬さを増してきた。自分の口で興奮しているのか。
 翔太が手を出した。殴られると思って文則は目を瞑ったが、手は頭に置かれた。
「かわいいよ」
 翔太は優しく文則の頭を撫で始めた。
「さっきは悪かった」
 さきほどの怖い翔太とは別人のように優しくなった。普段の生意気な翔太とも違う。文則はこいつにこんな一面があったなんてと驚いた。

 悪夢の休日出勤から一週間が過ぎた。
 文則は翔太の席を眺めていた。鞄なんて漁らなければよかったと後悔しても遅かった。
 日中はいつもどおりに接してくる。といっても翔太はほとんど外回りで会社にはいないのだが。仕事が終わると「残業」と称して文則に女子社員の格好をさせた。フェラチオだけでなく、全身を撫で回されたり、キスをされたりもした。
 さらに会社では下着女装をするように命令された。時々、ちゃんと付けているかのチェックが入る。
 文則にとっては一番屈辱的な行為であった。情けない中年の身体に張り付いたピンクのブラジャーとパンティー。どこからどう見ても変態であった。
 スーツを着て胸が不自然に膨らんでいないか鏡の前で何度も確認した。外からは分からないとしても、通勤電車の中ではコソコソと隅っこに隠れるようになった。
 文則は仕事に集中せねばと手元の資料に目を移した。文字が霞む。このところ多い。疲れかと思っていたが、老眼のようである。
 電話が鳴った。
「おつかされまです。人事部の竹倉です」
「お、おつかれさまです」
 若い女性の声であった。いま彼女と同じような下着を付けていると想像すると妙な興奮を覚えた。
「人員補充の要望が通りまして、来月にそちらに事務員が配属されます。詳しい資料はメールで送らせていただきます」
「わ、わかりました。ありがとうございます」
 文則は靖子の退職が決まってすぐに人員補充の要望を出していた。だが、人手不足のいまの時代、しかも給料の安い地方の営業所に人なんて来るはずはないと思っていた。
 早速メールを開いた。
 安藤あけみ。24歳。女性。
 事態がますますややこしくなると頭を抱えた。
 夕方に翔太が帰ってきた。文則は新入社員のことを言うべきか、言わざるべきか迷った。
「所長、残業しませんか」
 文則はギクリとした。当然拒否することはできない。
「あとこれを付けてほしいんです」
 翔太が出したのはゴム製で小指ほどの大きさのアナルプラグであった。
「こっちはローションです。この大きさなら簡単に入りますよ」
「一体なんで」
「う〜ん、女の子の日だって思ってください。タンポンみたいなもんですよ。ここで付けてもいいですけど、恥ずかしかったらトイレに行ってくださいね」
 もしかしたらあいつは自分のお尻を狙っているのかもしれない。抱き合ったり、キス、フェラはなんとか我慢できた。しかし、お尻は明らかに一線を越えていた。
 文則はトイレに入り、プラグを尻穴に入れた。たしかに簡単に入ったが、身体の中では倍に膨らんだように感じた。そして、全身から力が抜けるような感覚がした。
「あ、あの、お伝えしたいことがあるんですが」
 トイレから出て、文則は翔太に報告をした。もうこの人に隠し事は出来ないという諦めがあった。
「じつは人員の補充がありまして、来月から女の子が入るんです」
「へぇ。まさかこんな辺鄙なところ人が来るなんて意外ですね。しかし、女子が二人もいるなんてここはハーレムですね」
 女子としてカウントされているのが情けなかった。しかし、文則としては女子社員が来ると同時にこの遊びをお終いにしたかった。
「まぁ、バレないようにやりますよ。文子ちゃんも気をつけてくださいね。女ってのは勘が鋭いですから」
 どうやら翔太は辞める気はないらしい。


 文則は単身赴任であった。連休を利用して家族の元へ帰っていた。
 久しぶりに娘の顔を見れると胸を踊らせていたが、部屋から出てくる様子はなかった。
「あの子も受験でナーバスになってんのよ」
 妻の美智子がキッチンで昼食を作っていた。
「私、昼からパートに出かけるからね。夜は適当にどっかで食べといてよ」
「ああ」
 帰るたびに家族との距離が開くのを感じてしまう。
「いってきます」
 娘の友里が急ぎ足に通り過ぎた。
「おお、ユリ」
「うん」
「どこかへ出かけるのか」
「塾。遅れるとまずいから」
 ユリはドアをピシャリと閉めると家から出ていった。
 すっかり年頃だなと文則は感慨深くなった。少し寂しいがそういうものとして受け入れるしかない。しかし、改めて友里の顔を見ると女装をした自分にどことなく似ているような気がする。
「ねえ、いい加減本社に戻してもらえないの」
「えっ!?」
「いつまでも単身赴任ってわけにはいかないでしょ」
「馬鹿言うな。いまこっちはこっちで大変なんだよ」
「そうは言うけど。生活費も余計に掛るし、たまに帰ってくる交通費もバカにならないし」
「俺は新規開拓で会社のために頑張ってるんだ。女のお前が男の仕事に口出すな」
「はぁ、そうですか」
 美智子はテーブルに昼食の焼きそばを並べて、テレビのスイッチをつけた。お昼の情報番組。とある俳優がアイドルと不倫をしたらしい。
「あっ、この人、あなたと同い年よ。まぁ、こんな若い子と。ほんと男って何考えてんのかしらね」
 涙を浮かべながら謝罪する中年の俳優がいた。無理やりの若作りが痛々しかった。愛妻家、家庭思いの父というイメージで売っていたので、信用はガタ落ちである。
 もし自分の女装がバレたらどうなるのか。文則は背筋が寒くなった。来週やってくる新しい女子社員。注意しないと。

変わった趣味

 僕は二十歳の大学生です。女装に興味があります。
 でも、服や化粧品を持ってません。やり方も分かりません。
 誰か僕を女の子にしてくれませんか?
 女性の方に教えて欲しいです。ホモではないので男性はお断りします。

 興奮がそのまま言葉になった。掲示板に投稿するとき、わずかに指が震えた。
 大学進学を機に一人暮らしを始めた。前々から女装をしてみたかったが、なかなか一歩が踏み出せなかった。
 こんな変わった趣味を持って、自分は変態じゃないかと悩むこともあった。しかし、性欲には勝てない。ネットでその手の動画や画像を見ては自慰行為をする毎日が続いた。そんな中で出会い系の掲示板を見つけた。
 書き込みをするまでに数ヶ月かかった。そして、今日、気持ちが高ぶった勢いで願望を投稿した。
 見慣れた画面に自分の文章が映っている。
 リョウタはたまらなくなってオナニーをした。動画や画像がなくても、頭に浮かぶ漠然としたイメージに股間は痛いほど勃起していた。
 綺麗な女性に手ほどきされ、女の悦びを知る。肌の柔らかさや優しげな香り。細い指で全身を弄ばれる。
 あっという間にザーメンが飛び出た。
 さきほどのまでの熱が嘘のように引いていく。スマホの画面に表示された文章が馬鹿らしく見えた。
 消そうとしたが、やり方がよく分からなかった。どうせ女装好きの変態オジサンからしかメールはこないだろうし、無視すればいいか。
 リョウタはテッシュで性器を拭いながら、そんなことを考えていた。

「ねえ、どうして私と会ってくれたの?」
 茶色の長い髪が光を反射して揺れているように見えた。毛先がゆるくカーブして、美術の教科書に載っているような裸婦画を思わせた。
 掲示板に書き込みをして、すぐにたくさんのメールが届いた。すべて男性からであった。「やらせろ」「顔見せろ」「しゃぶってくれ」と下品で短い言葉ばかりの中で、丁寧な文章と写真が添付されたメールがあった。それが恭子からのものであった。
「と、とてもおキレいだからです。あの恭子さんはなんで?」
「そうね……趣味みたいなものかな。あっ、リョウタって名前のままじゃ女の子っぽくないわね。なにか考えないと。リョウコなんてどうかしら。でも子をつけるのは古いかな。ごめんなさいね、おばさんで」
 恭子は三十代に見えたが、どこか幼さの残る顔つきをしていた。リョウタの周りにいる同年代の女の子にはない落ち着いた魅力があった。
「とんでもないです。その名前、すごくいいと思います」
 何度かメールのやり取りをして、会うこととなった。待ち合わせの喫茶店にくるまでリョウタは半信半疑であった。ネカマかもしれない、あるいは他人の写真を使ったブスな女の可能性もある。いざとなれば走って逃げようとすら思っていた。
 しかし、実際目の前に現れたのは、美しい女性であった。
「ところでいま誰かと付き合ってたりするの?」
「いや一人です」
 リョウタはコーヒーを啜った。緊張のあまりミルクと砂糖を入れるのを忘れているが、苦味を感じる余裕すらなかった。
「ずっと?」
「……はい」
 恭子は紅茶のカップを触った。細い指先でピンク色の美しい爪が見えた。
「童貞?」
「え、えっと、はい」
 恥ずかしさを誤魔化すためにコーヒーを飲もうとしたが、とっくに中身はなくなっていた。
「女装してみたいけど、女の子のほうが好きなんだよね?」
 リョウタは微笑みかける恭子の顔を見ることができなかった。
「は、はい。変ですか?」
「そんなことないわよ。女の子が好き過ぎて同一化したいってタイプはよくいるわ。それに自分からは誘うなんて男らしいことは出来ないから、せめて自分が女の子に成り切ることで欲望を慰めるってパターンもあるけど」
 恭子の香りがコーヒーの匂いに混じって鼻孔を擽った。
「まぁ小難しいことは置いとこ。じゃあさっそく行きましょうか」
「えっ?どこに」
「ホテルよ」
 当たり前のように言う恭子にリョウタは言葉を失った。まさかこんな簡単に物事が運んでいくなんて。
「一式持ってきてるから」
 恭子の椅子の横にはキャリーケースがあった。
「リョウタくん学生だし、ホテルのお金も出してあげる」
 心の準備が出来てない。でもこれはたぶん一生に一度しかないチャンスだ。
「ただ、一つ約束してほしいことがあるの」
「なんですか?」
「男女のセックスはしない。つまり私のマンコにあなたのチンコは挿れないってこと」
 恥ずかしげもなく性器の言葉を口にする恭子にリョウタは慌てた。
「わ、わかりました。わかりましたから、そんな大きな声で言わないでくださいよ」
「じゃあいきましょ」
 恭子は伝票を持って立ち上がった。


 喫茶店を出て、タクシーに乗り込み、ラブホテルに入った。
 リョウタはわけが分からず、恭子の後を追うだけで精一杯だった。
「緊張してるの?とりあえず座れば」
 部屋の真ん中で突っ立っているリョウタを横目に、恭子はガラス板のテーブルの上に道具を並べていく。ウィッグ、コスメ、下着、小さなアナルプラグ、ローション。
「服はサイズが分からなかったから持ってきてないの。あなたの好みもあるだろうし。あとこれみんな新品だからね。衛生面のことは安心して」
 これ付けてみると差し出されたのは、ピンクのブラジャーとパンティー。小さくて子供用ではないかと思ったが、デザインは確かに大人の女性が身につけるものであった。
「なにボーッとしてるの?脱がなきゃ、つけれないでしょ」
「えっいやでも」
 女性の前で裸になるのは初めてであった。それに股間はすでに痛いほど勃起している。
「そんなに緊張しないで、痛いことはしないから。それとも私が脱がしてあげようか」
「い、いです。自分でやりますから」
 リョウタは全裸になった。天井を向いている性器を見られるのが恥ずかしかったが、恭子が気にしている様子は一切なかった。
 パンティーを足に通す。伸縮性があって肌にピタリと張り付く。股間の盛り上がりどころか、亀頭がひょっこりといった具合に顔を出している。ブラジャーを止めるのに手間取っていると恭子が手伝ってくれた。胸の締め付けにいま自分はブラジャーをつけているんだと当たり前のことを感じた。
「じゃあ化粧するね。寒くはないでしょ」
 体はむしろ火照っていた。リョウタと恭子はソファに並んで座る。顔に様々なものが塗られていく。時々、目を瞑って、上を向いてなど指示を受けた。
「出来上がり」
 ウィッグをつけられ、鏡の前につれてこられる。
「どう?」
「かわいいです」
 女の子には見えなかった。男の顔に女のようなものが無理やり乗っかってる状態だった。
「写真撮る?」
「う、うん。今日はいいです」
「じゃあ、どうする?これから。もっと女の子になってみる」
「は、はい」
 ついについに自分の妄想が現実になるのか。
「もじもじしないの。せっかくこんな可愛い下着つけて、お化粧もして、とっても女の子なんだから、恥ずかしいがらないで」
 恭子の指がリョウタの肩を撫でる。女の指というのはなんて気持ちいいんだ。
「じゃあ、このプラグ挿れてみようか」
 小指ほどのサイズのアナルプラグが目の前に差し出される。
「これくらいならすんなり入るよ。浣腸もいらないし」
「は、はい」
 もう言われるがままであった。
「じゃあソファに座って、足を持ってお尻を広げてみて」
 M字開脚のような姿勢になる。興奮のあまり羞恥心を感じなくなっていた。
 恭子はローションをプラグに塗り、リョウタの尻穴にもたっぷりと塗りつけた。
「あら女の子なのにこんなに大きくしちゃって悪い子ね」
 一瞬、性器に触ってもらえると期待したが、恭子の指は尻穴をほぐすだけであった。
「力んじゃだめよ。ゆっくりと深呼吸して」
 リョウタが息を吐くと、尻穴にプラグが押された。そして、そのままずずっと入った。小さいプラグだが体内に入ると存在感があった。
「どう?挿れられる気分は」
「ととても気持ちいいです」
 実際はよく分からなかった。異物感を覚えるだけだ。
 しかし、恭子が気持ちいいといえば気持ちよく感じるだろうし、気持ちよくないといえば気持ちよくないのだろう。
「だんだんと拡張すれば、あれくらいのサイズも入るわ」
 机に置かれたディルドは自分のサイズよりも大きかった。あんなものが入るなんて。
「わたしが優しくやってあげるから。怖がらなくていいのよ。じゃあ、次はおっぱいのほうを触りましょうか」
 恭子はリョウタの乳首を触れるか触れないかの加減で弄り始めた。
「女の子はおっぱいを触れると気持ちいいの。どう?」
「き、気持ちいい。感じちゃいます」
 それまで存在すら意識したことのなかった乳首が恭子の刺激により自らを主張し始めた。
「あらあらもう乳首勃ってるの」
 恭子は指にローションをつけて、今度は撫で回すように触りだした。
「ああ!!」
「だーめ。女の子はそんな声じゃなくて、もっと可愛く喘ぐの」
 乳首の刺激が少し強くなった。
「あん、ああん」
「すごーい。よくできました。とってもステキよ」
 恭子が顔を近づけてくる。
 キスをされると思った。ファーストキスだ。こんな綺麗な女性に最初の唇を貰ってもらえるなんて。
「今日は初めてだから、特別にフェラチオしてあげるわ」
 残念と思うどころか、むしろラッキーであった。そこまでやってもらえるとは思ってもいなかった。恭子が自分の性器を口に咥える!
 リョウタの性器にスキンがかぶせられる。もうそれだけでイッてしまいそうになる。
「さて、女の子の気持ちよさを知ってもらおうかな」 
 恭子は右手で乳首を弄り、左手でプラグが収まったアナルを刺激はじめた。
 そしてゆっくりと顔を性器に近づけていく。髪の毛が垂れて、表情が隠れた。
 ちゅ。じゅ。じゅる。感触が伝わってくる。まだ半分ほど咥えこまれただけだが、強烈な刺激であった。
「イクときはイクっていいなさいね」
「は、はい」
 恭子がついに奥まで咥えた。身体からせり上がってくる刺激にリョウタの頭はパンクしそうになった。
「あ!ああ!ああ!も、もう、いきます!いきっちゃいます!!」
 一分と経たずにリョウタの性器からは大量のザーメンが飛び出た。
 全身から力が抜けて、そのままソファに倒れ込んだ。
「すぐイッちゃって。可愛いわよ。リョウコちゃん」

 リョウタは毎週のようにホテルで女の子にされて責められた。
 化粧を教えられ、服も渡された。お尻に挿れるモノもだんだんと大きくなっていった。浣腸も経験した。
 フェラチオをしてもらえたのは最初だけだった。あとは手コキが続き、この頃は電マで刺激されるか自ら扱くように命令されている。直接触れることは滅多になくなった。
 女の子として感じるのは気持ちいいが、圧倒的な物足りなさがあった。どれだけ乳首やお尻を開発されても、リョウタの視線は常に恭子の肉体を追っていた。生殺しのような状態が続き、オナニーの回数は前よりも増えた。頭の中で恭子を犯すイメージが溢れた。
 そして、二人が知り合ってから半年が過ぎた。

 十一月になり寒さを感じるようになったころ。
 いつものようにラブホテルでリョウタと恭子がプレイを楽しもうとしていた。
 リョウタはコートを脱いだ恭子の身体を舐めるように見ている。彼女の裸どころか下着姿すらまだ見たことがない。いつも自分は一方的に脱がされるだけだ。
 ニットセーターの胸の膨らみに腹の底にしまい込んだ欲望が刺激される。
「そろそろ冬服欲しくない?厚手のコートなら身体の線をごまかせるから外出もしやすいよ」
 長い髪の間に小さな耳が見える。イヤリングが揺れていた。
「そ、そうですね」
「せっかくなんだからショッピングしましょうよ。いつもネットで服買ってばかりだから味気ないでしょ。女の買い物って楽しいよ」
 微笑む恭子に何かが弾けた。気づいたときにはベッドに押し倒していた。
 抵抗されるが力づくで押さえつけた。リョウタは女性がこんなに非力なのかと驚いた。
「恭子さん!おねがいします!い、一回でいいんです。一回だけでいいんです」
 もう頭の中は「ヤル」ことでいっぱいであった。女の肉体が欲しい。柔らかな身体を貪りたい。
「お、おれまだ童貞なんです。恭子さんなら恭子さんなら」
 何を口走っているか分からない。このまま力に任せれば恭子と繋がれる。童貞を捨て男になれる。
「うそつき」
 冷たい声が響く。
 鋭い眼差しがリョウタの時間を止めた。
 はっきりとした恐怖を感じた。腕力ならば自分のほうが強いのに、なぜか力が入らなくなっていった。冷静と罪悪感が引き返す波のように押し寄せてくる。
 恭子は立ち上がると、コートと荷物を持って部屋から出ていった。
 リョウタはドアを見ながら、ただ俯くことしかできなかった。


 女装をやめよう。
 地下鉄に揺られているといつも同じことを考える。
 こんな趣味を続けていて何になるんだ。性欲に取り憑かれているだけじゃないか。
 ホームに降りると、冷たい風が頬を刺した。反射的にマフラーに顔を埋める。
 大学へと続く道はすっかりクリスマスムードになっていた。
 普通の彼女を作って、童貞を卒業したい。歪んだ性癖は早い内に直したほうがいい。
「恭子さん!?」
 リョウタは急に大声を出してしまった。近くにいた女性が怪訝そうな顔をした。
 まったく似てない。全然違う。
 恥ずかしさから早歩きになった。どれだけ吹っ切ろうとしても恭子の影がちらつく。
 あれから時間が止まったような毎日を送っていた。恭子に謝罪の電話やメールをしても、一切応じてもらえなかった。
 どうしてあんなことをしてしまったのか。自分の過ちが頭の中で何度も何度も再生される。
 教室に入ると、同じゼミの健一と三穂が座っていた。
「おーリョウター。久しぶりだな」
 健一は真新しいスーツを着ていた。
「最近、サボり過ぎじゃない?」
 三穂が心配そうに声をかけてきた。
「ん、まあちょっとね」 
「そんなことより、クリスマスどうする?」
 健一は鼻息を荒くしている。
「ああ、うーん、どうしよっか」
「本当に大丈夫?風邪でも引いてるの?」
 三穂が心配そうに覗き込んでくる。
「そうだよ。様子が変だぜ。来年には就活が始まるんだからよ。気合いれねーと!」
 健一がリョウタの背中を叩いた。
「な〜に?自分はもう動いてますよアピール?そんなスーツなんて着ちゃってさ、OB訪問でもしてんの?」
 三穂が茶化した。
「ばか、セミナーとか勉強会に出てんだよ。早めにスタート切っておいたほうがいいだろ」
 リョウタはぼーっと目の前のホワイトボードを見ていた。
「就活もいいけど、卒論の準備もしないとじゃないの?」
「ああ、それもあるなぁ」
 リョウタのスマホに着信が入った。恭子からであった。  
「おれ帰る」
「は?」
「もうすぐゼミはじまるよ」
 二人の言葉を無視して、リョウタは教室から飛び出した。
「きょ、恭子さん!?」
「リョウタくん、久しぶりね」
 電話越しの声を聴くだけで、恭子のすべてが頭に浮かんだ。微笑む顔、漂う香り、肌の感触。
「もう一度わたしと会いたい?」
「は、はい!」
 リョウタは即答した。
「服と化粧品はまだ捨ててないわよね?」
「はい」
「うふふ。じゃあ、一つ条件があるわ。外で女の子の格好で会いましょう。そのあとホテルに行くの」
「分かりました…」
 外出は初めてのことだ。でも、この機会は逃してはいけない。

 約束の日。
 久しぶりの化粧だったが、思ったより上手くできた。
 恭子から貰った服に袖を通す。薄ピンクのセーター、黒のスカート、茶色のタイツ。
 アウターは男物のPコート。それでも鏡の前に立つと、しっくりと収まっているように見えた。
 緊張で喉はカラカラに渇いた。水を飲みたい。しかし、飲みすぎて外でトイレに行きたくなったらどうしよう。
 知り合いにばったり会ったら、警察に職務質問されたら、恭子さんがこなかったら。不安は不安を呼び、駆け巡っていく。
 考えていても仕方ない。リョウタは意を決して外へ出た。
 いつも歩いている場所なのに、まったく違うように見えた。
 人の目が気になると思っていたが、意外と気づかれない。
 ところがすれ違った女性が身体をビクッと震わせて早足で離れていった。
 やっぱり男に見えるのか。
 電車に乗り込む。人が流れていかないから余計に視線に晒される。
 リョウタはお金はかかるけどタクシーを使えば良かったと後悔した。
 目的の駅で降りて、待ち合わせ場所に向かう。そこには恭子がいた。
「久しぶりね。なかなか可愛いじゃん」
 良かった。リョウタは安心した。前と変わらないように自分と接してくれる。
「恭子さん、おれ、あのときはどうかしてました。ごめんなさい」
「おれ?」
「え、いや、あたしです」
 二人が並んで歩くと、たくさんの男が声を掛けてきた。リョウタは怖くて恭子の影に隠れていた。
「もっと堂々としなさい。きょどきょどするから男ってバレるの」
 ラブホテルの部屋に入ったとき、ようやく一息つけた気がした。これでまた楽しい時間が過ごせる。
「リョウコちゃん、ちょっとここに座って」
 久しぶりのプレイに胸を踊らせながら、リョウタはソファに腰を下ろした。
「このあいだ、あなたは約束を破ったわね」
「本当にすいませんでした」
「わたしは女同士で付き合いたいのに、それを裏切った」
 あの声だ。たった一言でリョウタの動きを止めた冷たい声。
「それなりの罰を受けてもらわないとね」
 恭子がそう言い終えたとき、部屋のドアが開いた。
 浅黒い肌をした男が入ってきた。スーツを着ており、獣のような雰囲気を漂わせている。
「わたしの知り合いの郷田さん。男を雌堕ちさせるプロよ」
 郷田は無言のままリョウタを見ていた。
「あなたが二度と過ちを犯さない方法を考えたの。そしたらやっぱり身も心も女の子になることが一番だって思ってね。それには男に抱かれるのが」
「う、うそですよね。お、おれホモじゃないからムリです」
「モノは試しよ」
「お、おねがいします。それ以外のことならなんでもしますから、許してください」
「だめよ。言うとおりにしなさい。こっちはレイプされそうになったって警察に行くこともできるのよ」
 血の気が引いた。未遂だが襲ったのは事実。
「そういうことだ。男らしく観念したらどうだ」
 郷田はリョウタをベッドに押し倒した。
 硬い。呼吸が止まる。
 包み込むような柔らかさは一切なかった。無慈悲な肉体が性欲ごと押し付けられる。
 腕を押さえつけられた。身動きが取れない。
「細い腕だな」
 はねのけようと力を入れても、壁があるようでビクともしない。男の力がこんなに強いなんて。
 生まれて初めて感じる種類の恐怖であった。怒鳴られる怖さとも殴られる怖さとも違う。犯される怖さ。
 リョウタの唇に郷田の舌が乱暴にねじ込まれる。愛情のない一方的な欲望の衝突であった。
「男にファーストキス奪われちゃったね」
 恭子はベッドの隅に腰掛けていた。
 郷田の唾液を飲まなされながらも、リョウタは恭子に助けを求めた。
「言ったでしょ。あなたが二度と変な気を起こさないようにするための罰なの」
 服が無残に破かれる。
 ブラジャーをずらされ、乳首が責められた。
「ああん」
 郷田の顎髭が肌と擦れ、肋骨に響いてくる。
 恭子とはまるで違った。やさしさなんて微塵もない。性欲のまま身体を貪ってくる。
 暴力的ではあるが、感じるポイントを確実に責める狡猾さがあった。それは相手のことを考えてというより、美味しく頂くための肉食動物の工夫だった。
「あ、ああん」
 恭子の手によって育て上げられた乳首の快楽は郷田の舌で完全なものとなった。止めようとしても口からは感じている証明のように喘ぎ声が漏れ続けた。
 スカートを捲くられ、パンティーの上から咥えられる。抵抗しても無意味だと分かっているが、なんとかして郷田から離れようとする。
 郷田はリョウタの腰回りを掴むと、口だけでパンティーをずらし、直接モノをシャブッてきた。
 唾液と舌が一つになってリョウタの性器に絡みついてくる。
 千切れるんじゃないかと思うほどの吸引力。恭子のフェラチオが児戯ならば、郷田のフェラチオは捕食であった。
 気づいた時、リョウタは郷田の口内でイッてしまった。
 だが、本番はそこからであった。郷田は舌先で射精後の敏感になった亀頭を執拗に虐めだした。
「あ、あ、ああ」
 逃れようと腰を引こうとしても郷田の腕がしっかりと押さえ込んでいた。
 長く時間は掛からなかった。リョウタは再び絶頂を迎えた。
 郷田は口内でリョウタの精子と自分の唾液を混ぜた。
 そして、その液体を口移しでリョウタに飲ませた。朦朧としていたので訳も分からず全部飲み干してしまう。
 精液の苦味がリョウタの正気を少しだけ取り戻せた。途端に吐き気がこみ上げてくる。
「私のために取っておいたザーメンが自分のところに戻ちゃったね」
 視界の隅で恭子は微笑んでいた。
「次は女の礼儀を教えてやる」
 郷田はいつの間にか裸になっていた。均整の取れた逞しい身体つきをしている。
 何を求められているか直感的に分かったが、僅かに残った理性がそれを拒もうとする。
 郷田の性器が目の前に迫ってくる。一つの強い意思を感じる巨大な性器。自分のモノとはまったく違うモノであった。
「しゃぶれ」
 駄目だと思いながらも口は開いていた。恐る恐ると顔を近づける。濃厚な雄の臭いに頭が焼けそうになった。
 最初に咥えたのは亀頭の部分。塩っぱさが鼻の奥へ突き抜けていく。
「もっと舌を使え」
 深く咥え込み、言われるがまま舌を使う。唾液が溜まっていき、ジュルジュルという音が自分の中で響いた。
 いつの間にか一生懸命になっていることに気づいた。すると罪悪感と背徳感が一気に全身を駆け巡る。それでも舌の動きは止まらなかった。むしろより激しくさせた。
 リョウタがなにか一つ吹っ切れたところで、その口から性器が引き抜かれた。
「すごーい。まるで本物のAV女優だったよ」
 恭子の言葉がリョウタの中にある男の自意識を擽った。消えかかっていたそれは薪を焼べられた炎のように燃え上がった。
 自分が越えてはいけない一線を越えてしまったことをようやく自覚した。羞恥心や後悔といった感情に押しつぶされそうになる。これならずっと熱に浮かされていたかった。
 逃げろ。頭の中でサイレンのように聴こえてくる。ところが身体はベッドに張り付いたかのように動かない。相反する思考がグルグルと周り、その勢いを加速させていく。
「尻を出せ」
 郷田の言葉は楔のように心に打ち込まれる。有無を言わさない口調。リョウタはこの先に起こることをはっきりと知りながら、下半身の衣類を脱ぎ捨てた。
「童貞なのに処女を破られちゃうんだね」
 視界には郷田の肉体しか映っていない。もはや恭子の言葉は耳に入ってこなかった。
 ローションが塗られる。郷田の先端を尻穴に当てられたとき、何かが折れる音がはっきりと聴こえた。
 痛みはなかった。面白いようにスルスルと男性器を飲み込んだ。玩具とは違う意思を持った物体。リョウタの身体は歓喜に震えた。
 郷田はこれまでの荒々しさとは一転して、ゆっくりと腰を動かしだした。まるで恋人との愛の溢れるセックスのように愛おしさを持ってリョウタを犯した。
「あ、ああ、ああん」
 喘ぎ声を止めるプライドはとっくに失せていた。リョウタは産声のような喘ぎ声を上げた。
 情熱の篭った接吻をされ、何度も体位を変えられ、徹底的に雄の味を教え込まれた。
「おい見てみろ」
 揺れる視界の中、郷田が指したのは大きな鏡だった。そこには男に愛されている女がいた。 
 鏡の中にいる自分は女であった。恭子に化粧されたときより、自分で化粧したときよりも女であった。
「あん、もっと、もっとはげしくしてぇん」
 女の悦びが全身を駆け巡った。突かれるたびに爆発を起こし、リョウタの存在を雌へと変えて行った。
 恭子はすでに部屋から出ていた。しかし、リョウタにとってはどうでもいいことだった。



「謝礼だ」
 封筒がテーブルに置かれた。
「良いサイドビジネスだな」
「馬鹿言わないで、あの子の服、化粧品、ホテル代は全部私が出してるのよ。ふつうに赤字よ」
 そりゃ失礼と言いながら郷田はコーヒーを啜った。
 恭子と郷田は喫茶店にいた。リョウタと最初に会ったお店である。
「あの子はどう?」
「あとすこし調教が必要だが、もう男のプライドは完全に消えてるね。おまえは駆け引きが上手いね、本当に」
「まあね。少し時間を掛けすぎたかもしれないわ。いまどき珍しいくらいウブだったから遊んじゃった。もう客を取ってるの?」
「いま店を選んでるところだ」
「そこで紹介料とスカウトバッグを取るつもりでしょ」
 郷田は苦い顔をした。
「もっと金よこせっていうのか?俺だってこれで食っているから限度ってものがあるぜ」
「冗談よ。またお願いしていいかしら。あと数人くらい落とせそうなの」
「いいけどよ。おまえ儲かりもしないのに何でこんなことしてんだ」
「ふふ、まぁ自己満足ってところかしらね。趣味よ。趣味」