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上下

 薄赤色が浮かんでいた。呻き声を漏らしながら女は身体を震わせる。寝具の上で四つん這いになり、鞭で打たれるたび崩れるその姿勢を必死に保とうとしていた。
 数本の革紐が束ねられたバラ鞭なので音の割に痛みは少ない。しかし、女は過剰なまでに反応し、全身からは汗が吹き出ていた。鞭を振り、返す形でもう一度振る。打たれた部分は軽い火傷のようになっている。波打つ背中が僅かに弛みを見せる。二十八だと言っていたが、実際の年齢はもっと上なのかもしれない。
 この部屋は灰色の壁に囲まれているが、照明は寝具の周り以外はすべて消している。
 永遠に闇が続く解放感と空間が閉ざされた閉鎖感がせめぎ合っている。
 ここはSM倶楽部の地下室であった。
 女の黒い髪はうなじの所で左右に割れて、垂れていた。鞭の責めに一番敏感に反応しているのは、顔や皮膚ではなくてその髪の毛かもしれない。一本一本がうねり乱れ震えている。
 鞭を捨て、尻に手を当てる。湿り気が掌に絡みついてくる。
「お仕置きだ」
 香水や化粧品で作られた科学的な体臭と動物的な臭いが混じり合っていた。三十分近く鞭を振るってきたのでこちらも汗だくだ。互いの匂いが混じり合い、それが天井の巨大な換気扇へと吸い込まれていく。
「お前は悪い子だ!」
 尻を何度も何度も叩く。これもバラ鞭と同じで音だけを響かせるような叩き方をする。難しいが慣れれば良い音が鳴る。ただ、微妙な力加減をしているので、腕はすぐに疲れてしまう。
 ある意味で滑稽かもしれない姿だが、私は女の尻を叩くたびに身体の芯からの興奮を覚える。圧倒的な力で持って女に罰を与えているのが堪らない。
「イッてしまえ!」
 手が尻にぶつかった瞬間に、女は失禁した。酸っぱい匂いが漂い、そのまま倒れ込んだ。
 私は手を拭き、寝具の端っこに座った。息を整え、女のほうに視線を移す。まだ俯いたままであった。放心しているのか。
 しばらくすると女は起き上がった。重力に負けつつある乳房が揺れた。
「ああ、たまらなかったわ」
 興奮は冷めつつあった。私は小便の匂いから離れるために、立ち上がり、水を飲んだ。
「噂通り最高ね」
「光栄なことだよ」
 SM倶楽部、蜘蛛の会。いわゆる風俗とは違う。好事家たちが集まって作る会員制の倶楽部だ。二年前にとあるSMバーで声をかけられ入会した。
「おしっこを漏らしたのは久しぶり。私達相性がいいかも」
 SMには色々な趣向がある。女はSMと日常をくっきりと区別する種類の人間のようだ。
「ねえ、どうしてこんなこと始めたの」
 慣れなしさが鼻についた。
「さぁ気づいたらこうなってたよ」
「私はね、昔付き合ってた男に仕込まれたの。最初は嫌だったけど、だんだんと身体が疼くようになっちゃって」
「へぇ」
 嬉しそうに喋っていた。別に私の話など聞きたくはないのだ。
「そういうとき女って駄目よね。もう我慢できなくなるの」
 お喋りなM女は嫌いだった。
「四六時中そのことばっかり考えちゃう。私ってイケない子なんだわ」
「Mの男だっているだろう」
「ああん、違うの。女にしか感じない気持ちよさがあるのよ」
 部屋の隅にあるはずの監視カメラに目を向ける。
 少しして扉が開いた。管理者である沢田が入ってきた。
「楽しんだかな」
「ああ」
「じゃあ、莉乃さん。あなたはあちらの扉から出てください。ここを出るときはいつものように私に連絡して」
「わかったわ。ありがとう」
 この部屋には扉が二つある。右側は男性が入る扉、左側は女性が入る扉。それぞれ交差しないような作りになっており、男性側は一階、女性側は二階へと通じている。
 この建物は都内の住宅街にある。外から見れば灰色の外壁に囲まれた生活感のない二階建ての住居だ。SM部屋はその地下にある。
 階段を登り、一階の浴室に入る。熱いお湯で全身の洗い流す。床で跳ねる無数の水音が先程の鞭の音を思い出させる。目を閉じると女の残像が揺らめいていた。SMのあとは決まって出てくる。
 だが、さきほどの女とは違う人間だ。といっても顔が潰れているのでどこの誰でもない。いわば自分の頭の中にいるだけの女だ。
 脱衣所で身体を拭いていると、沢田の声が聞こえた。
「酒でも飲むか?」
「いや、いい」
 二年前にSMバーで声をかけてきたのは沢田であった。
 欧州の血が混じった顔つきと体格からして、典型的なS男だと思っていたが、見ることが好きな種類の愛好家であった。そのため彼は会員と同時に家の管理も任されている。ただ、この家に住んでいるわけではなく平日は普通に仕事をしている。もっともそれがどこまで本当か分からない。日常の生活のことは互いに深入りしないのはこの会にいくつかある規則の一つであった。
 着替えて部屋に入ると沢田が酒を飲んでいた。
「M女の取っ替え引っ替えもやめたらどうだ」
 革張りの椅子に身体を沈めると、一気に気怠さが襲ってきた。
 S側もまた肉体を酷使する。
「理想が高いんでね」
「理想もいいが、調教するというのも必要じゃないのか。最初から君好みの女は出てこないよ」 
「たしかに。あの女はいまどうしてる?」
「二階で身体を洗っている。しばらく休むそうだ。名前も忘れたのか」
「最初から覚えてないよ」
 沢田は苦笑した。
 今日の女は出会った瞬間に違うと感じていた。なにがどう違うかというのは明確に言葉には出来ないが、やはりこれではないという確信があった。
「君は相変わらず尻叩きが好きだな」
「悪趣味だな。覗くだけで満足か?」
「まぁ、これはこれで楽しいよ」
「小便のついたシーツを変えるのも?」
「ああいうのは業者に任せている。次の相手はどうする?」
「向こうから連絡が来るのを待つよ」
「君が理想とするM女なんているのか」
「どこかにいるさ」 



 小さな画面の中で男性が国会議員の汚職に対して怒っていた。
 速度の設定を上げる。足の運びが早くなる。呼吸が上がっていき、ふくらはぎに熱を感じる。画面はいつの間にか変わっていて、秋の訪れを報じていた。また、速度を早める。
 どれだけ酸素を吸い込んでも追いつかなくなり、肺が悲鳴を上げる。その状態を楽しみながら、速度を徐々に落としていく。息を整えながら、歩く。全身を駆け巡っていた血の速度が緩やかに落ち着いていった。
 汗を拭き、更衣室に入った。ジムを変えて正解だった。前に通っていた所は狭い場所に器具が密集していて、工場か何かで走っている気分だった。ここは広くて器具同士が余裕を持って配置されている。会費は高いが、大した額ではない。それに前の所はマナーの悪い人間が多かった。やはり何事も値段相応だ。
 着替えて、駅に向かう。ホームはいつものように混雑していた。
 電車を待っていると、ここから飛び込めば一瞬で自分の肉体はすり潰されてしまうことを想像してしまう。別に自殺願望があるわけではない。ただ、生きているということが時々不思議に思えてくるときがある。
 いつもの駅で降りる。しばらく歩くと、会社のビルが目に入る。多くの人間がそこに吸い込まれていた。
 建物に入る。エレベーターに乗り込むと、後から後から人が入ってくる。見知った顔はなかった。うちの部署はまだ出勤している人間は少ない。部屋のある階で降りて、自分の席につき、パソコンを立ち上げる。メールをチェックするが、めぼしいものはなかった。今日やることを確認する。昼から二件の打ち合わせ、明後日締切の資料作成があった。他にも細々とした仕事が山積みとなっている。
「ねえ…」
 端っこに座る女性の派遣社員に声をかける。
「おはようございます。なんでしょうか」
「十部、コピーしといて。あとこれ棚にしまっておいて」
「はい、わかりました」
 垂れ目の顔を見ていると、虐めてやりたいと思った。
 昨日、沢田に言われたことを思い出す。確かに倶楽部にくるような女よりも、何も知らない女を一から調教する楽しみもあるかもしれない。でも、社内の人間、しかも派遣社員となると後々面倒くさいことになる。そういえばこいつの名前は何ていうのだろうか。
 鞄の奥にあった携帯電話が震えた。SM用の電話だ。こんな時間に連絡がくるのは珍しいと思い、確認しようかどうか迷っていると「溝口くん、おはよう!」と課長が入ってきた。
「おはようございます」
 いつも私にだけ個別に挨拶する。役員の息子というだけで周囲から疎まれているのに露骨な依怙贔屓には困る。課長は空気が読めない男であったし、いまだにバブルを引きずっているような人間だ。
 始業時間。結局、私は電話を見損ねた。
 午前中はあっという間に過ぎていった。昼過ぎに昼食を取るために席を立つと、弁当をつついていた課長が「外食かい?羨ましいね!」と声をかけてきた。「弁当を作ってもらえるほうがありがたいですよ」と曖昧に濁して、会社から離れた蕎麦屋に入った。店は混雑していた。うんざりしながら、ざる蕎麦を注文した。
 周囲に知り合いがいないのを確認して、SM用の携帯電話を開く。
 沢田からの連絡であった。とある男性が自分の奴隷を私に調教してほしいそうだ。その男性は蜘蛛の会創始者の一人らしい。
 若い女性の画像が添付されていた。裸の状態で縄に縛られ、吊るされている。思わず画面を消して辺りを伺う。みな蕎麦を啜るのに必死だった。
 再び画面を見る。SMには色々な趣向があるが、縄に関しては疎かった。正直に言ってあまり好きではない。しかし、画像の女性は美しいと感じた。
 何か引っかかりがある。奇妙な違和感がある。それについて考えようとしたときに、注文した蕎麦が目の前に置かれた。



 暖かな日差しが地面を照らしていた。
 ピアノの音が風に乗って耳に入ってくる。バッハのインベンション。拙いがそれも魅力的に聴こえる。
 ふと将来はこういう場所に住みたいと思った。
 角を曲がると、灰色の建物が目に入る。外壁は打ちっぱなしのコンクリート。電話をすると、沢田が扉を開けてくれた。呼び鈴を鳴らしても開けてはくれない。部外者を立ち入らせないための規則であった。
「時間どおりだな」
「当たり前だ」
 遅刻は厳禁である。
 玄関の右側にある待機室に入る。くつろげるよう椅子や冷蔵庫が置いてあり、軽食や飲み物が一通り揃っている。
「どういう子なんだ」
「三島律子。21歳」
 沢田は薄いノートパソコンを広げた。その中にはSM室の様子が映っている。
 座る女性。画質が悪いので顔はよくわからないが、それなりに整っているように見える。あの画像の子なのか。
「本当に成人なんだろうな」
「その点は心配ない。身分証で確認済みだ。それに彼女の主人は柏木さんだ」
「君は柏木という人と会ったことはあるのか?」
「ない。会の運営についてメールでやり取りをする程度だ。いまだに多額のお金をこの倶楽部に振り込んでいる。大金持ちの変人だろう」
「この子はNGはあるのか?」
「なんでも好きなようにしてくれとのことだ」
 してはいけないプレイがまったくないというのは、それはそれでやりづらさがあった。
「ずいぶんと任せられてるな。しかし、そもそもどんな人間かも知らないんだよな」
 律子は主人に待てと言われた従順な犬のように座っている。
「美人だ。でも、どこか影がある」
 なぜか笑いそうになった。M女というのは心のどこかに決定的な欠落を持っている。そうでなければ痛みを伴う愛情を欲しがるわけがない。いわば欠陥品なのだ。
「じゃあちょっと行ってくる」
 部屋の奥にある地下へと続く階段を降りていく。
 鉄製の扉を開くと、若い女性が座っていた。肩辺りまで伸びた黒髪、地味でもなく派手でもない格好。視線はまっすぐのままで、こちらに顔を向けようとしない。
「よろしく。溝口だ」
 律子は無言で頷いた。
「部屋は暗いほうがいいか、それともこのまま?」
 首を横に振った。どっちがいいのかわからない。
「柏木さんとは長いの?」
 また無言で頷く。
「駄目なプレイはある?」
「ありません」
 ちゃんと喋れることに安心した。
 律子の前に立つ。
 その瞳は確かに私を捉えているが、同時に何も映ってないように思えた。
 切れ長の目に小さな鼻。化粧っ気のない肌が白く美しい。これまで会ってきたM女の中で一番美人かもしれない。
「なんでもできるの」
「はい」
 人形ですらもう少し表情があると思わせるほど無表情であった。
 まるで掴めない。彼女が何を考え、何を思い、何を感じ、どんな人間なのか。
 だが、そんな彼女が痛みに悶える姿を想像すると下腹部に強い興奮を覚える。
「痛かったり、怖いと思ったら、ストップって言ってね。それが本当の合図だから」
 気分を盛り上げるために「やめて」「だめ」と口走ることがある。本当に危ないときは別の言葉を言うようにする。
 彼女は分かったのかのか分からないのかじっと床を見つめるだけであった。
「まず服を脱いで」
 言われるがままに脱ぐ。思ったよりも黒い乳輪が現れた。よほど遊ばれているのか。
 スカートを脱ぐと、貞操帯が出てきた。下半身を覆う黒い革は柏木という男の無言の圧力だった。
「これは取れない?」
「できません。柏木様が鍵を持っていますから。」
 何をしても良いってわけじゃなさそうだ。それにしても「様」付けとは、随分と仕込まれた女だ。
 本当は全裸にしたいのだが、こればかりは仕方がない。 
 全裸は奴隷の立場を明確にするために最も効果的な手段。とくに主人が服を着ていることでその関係性がはっきりと決まる。
 部屋に置かれている道具箱から手錠を取り出し、律子にかけた。抵抗すらしない。
 やはり変だ。普通は怯えたような顔をする。といってもそれは本物ではない。言うなればお化け屋敷で彼氏の前で怖がる女の子のようなもので、一種の計算に基づいている。
 張り合いがない。それでも不思議と不快な気持ちにはならなかった。むしろ燃えてくる。
 振動する小型の機械を手にする。起動させると羽虫のような音が鳴り響く。律子の耳に近づけては離すのを繰り返す。
 機械で色々な所を触っても、律子の表情は変わらなかった。首筋や乳首に当てても、同じであった。脳と神経が切れてるのではないか。
 なによりその黒い瞳は、さきほどから何も見ていないように思えた。
 途端に得体の知れない恐怖を感じた。黒い瞳に吸い込まれるような錯覚があった。機械を放り投げて、道具箱から目隠しを手に取ろうとした。
 そのとき私は長いSM経験の中で目隠しを使ったことがないことに気づいた。基本的な道具であるから、あえて避けていたのかも知れない。
 律子に目隠しをして、その瞳を隠す。そうすれば身体の反応も変わってくるはずだ。
 実行に移そうとしたとき、熱が急速に冷めていくのを感じた。
 手から目隠しが滑り落ちた。なぜか身体が固まってしまった。
「すまない。今日はやめにしよう。気分が悪い」
 彼女はやはり黙って頷くだけであった。 

 家に帰っても、さきほどの出来事や律子のことが頭から離れなかった。これまでの女とは違う。あれだけやって何も感じないのだから頭のおかしい女なのだと片付けることも出来たが、それだとどうしても気持ちが収まらなかった。
 途中でプレイに対する興奮を失うなんて、今までにはなかったことだ。
「由紀夫さん、帰ったの?」
 階段を上がろうとしたとき母の声がした。
「ちょっとお父さんがお話があるそうよ」
 居間に入ると、父が座卓に座っていた。私がその前に座ると「おお」と父は声を上げた。すると母が何かを持ってきた。
 写真であった。着物姿の品の良い女性が映っていた。
「安藤友香。政治家の安藤俊雄の娘さんだ。学歴もよく、いまは化粧品会社で働いている。結婚すれば会社は辞めることも考えてるそうだ」
 何の前置きもなく見合い写真を持ってくるのはいかにも父らしかった。この人は家の中では必要なこと以外は喋らない。それどころか必要なことすら口にしないこともある。
「見合いはしないって前も言ったろ」
「お前はもうすぐ三十五だぞ。いくらご時世とはいえ、男は世帯を持って一人前だ。」
 時代が平成から新しい年号に変わろうとしているのに、父の時間はまだ昭和で止まっていた。
「そうよ。それともいまお付き合いしている人でもいるの?」
 母は無口な父の意を汲み取ることが最良の妻だと考えている節があった。彼女もまた古い時代の人間である。
「いや、いないけど……」
 父は私の煮え切らない態度に苛ついていた。これまで何度もはぐらかしていたが今回が限界かもしれない。
「とりあえず会うだけでもいいんじゃないの、由紀夫さん?」
「うん、そうだね」
「予定はお前のほうでこいつに伝えておいてくれ。ちょっと書斎で仕事を片付けてくる」
 父はもう終わったと言わんばかりに立ち上がり、居間から出ていった。
「夕ご飯は食べたの?」
「ああ、食べたよ」
 私は二階の自室に戻った。携帯電話に沢田から連絡が入っていた。尻尾を巻いて逃げ帰ったのだ。下手をすれば退会させられるかもしれない。ところが内容は意外なものだった。柏木は満足して、次もお願いしたいとのことであった。



 次の週、私は地下室で律子と向かい合っていた。
 自分でもよく分からない。なぜ彼女ともう一度会おうと思ったのか。
 しかし、もし律子を屈服させ雌奴隷にすることが出来たら、私が追い求めていた理想のM女に育てることができるかもしれない。
 今日は徹底的にSに準じることを決めた。手加減はなしだ。
「裸になれ」
 律子は服を脱いだ。相変わらず貞操帯はついたままであった。
「四つん這いだ」
 律子は私の言う通りの姿勢を取る。今日は得意の鞭を使う。バラ鞭で背中を撫でる。何の反応もない。二、三度叩くがまったく痛がろうともしない。
 私は一本鞭に変えた。派手さはないが確実に痛みを与える鞭だ。
 彼女の横顔に見せつけるように鞭を垂らした。この味を知っているM女ならば演技ではない本物の恐怖が出てくる。
 律子は眉一つ動かさない。
 腕を振り上げる。一瞬、躊躇する。この鞭は確実に出血する。傷もしばらく残る。頼まれない限りは使わないようにしているが、この女をどうしても奴隷にしたい。
 鋭い音が鳴った。白い背中に真っ赤な亀裂が入る。だが、律子は呻き声一つ漏らさない。私は少し力を強めて、また叩いた。
 やはり彼女は痛みを感じないのか。
 私はだんだんと恐ろしくなった。気がつけば夢中で鞭を振っていた。彼女の背中は車に何度も轢かれたような無残な姿になっていた。
 それでも律子は何も変わらない。「痛い」すらも言わない。
 私は肩で息をしていた。たまらずその場に座り込んだ。疲労困憊だった。
「おしまい?」
 彼女は指で自分の背中を撫でて血を確認していた。
「君は一体何者なんだ」
 私がそう聞いたとき、彼女は微笑みのような表情を浮かべた。
 初めて見た顔の動きであった。
「知りたい?柏木様が教えてくれるわ」



 父は苛立ったように腕を組んでいた。
「由紀夫さん、ネクタイが曲がっているわよ」
 母の萎れた指が私の胸元で動いた。
 何度か利用したことのある高級ホテルのラウンジで、私と父と母はお見合い相手の家族を待っていた。
「いやぁ、溝口さん。おまたせしました」
 恰幅の良い男性が立っていた。政治家の安藤俊雄である。自明党の大物議員であり、その影響力は様々な業界に及んでいる。
「いえいえ、こちらこそ」
 父はさきほどまでの苛ついた表情を一瞬で引っ込め、愛想の良い顔を表に出した。
 安藤の後ろには艶やかな着物姿の女性がいた。彼女が友香なのだろう。
「はじめまして、溝口由紀夫と申します。今日はお忙しいところありがとうございます」
 私は立ち上がり礼をした。爽やかな表情を表にしているつもりだ。
「よろしく。こっちは娘の友香」
「はじめまして。今日はお会いできるのを楽しみにしておりました」
 上品な声と振る舞い。よく会っているM女たちとは大違いである。
「このところは忙しくてね。党内で汚職をした議員が出て、その対応でもうやってられませんわ」
「さぞ大変でしょう。あれは若手の議員でしたな」
 外面の父を見るのは気持ちのいいものではない。家ではいつも黙っているのに、こういう場所では饒舌に喋る。いや、相手が政治家だからなのだろうか。
「そう。まったく若いやつには任せておけませんよ。我々の時代だったら汚職の一つや二つは捻り潰したもんですがね」
「いや、そのとおり。いまの若い人間は駆け引きというのがまるで駄目ですから」
「どこも同じのようですな」
「お父様、今日はせっかく溝口さんたちとお会いできたのだから、もっとちゃんとお話をしましょうよ」
 友香が安藤と父の会話を止めた。
「おお、そうだな。それで由紀夫くんはY商事にお勤めで?」
「はい。主に企業投資関係の仕事をしております」
「なんでもW大だそうで。じつは私も同窓なのだよ」
「ええ、じゃあ先輩なんですね」
「友香はO女子大でね。あまりに男っ気がないから、今回見合いさせようと思ったんだよ」
「まぁ、O女子大」
 母が感心したように頷いた。いわゆるお嬢様学校である。
「幼稚園の頃からO女子大付属だから、どうも奥手というか、男が苦手なところがあるみたいで」
「そんなことないわよ。みんなお父さんが怖くてどっか行っちゃうのよ」
 父と母が笑った。私も軽く笑っておいた。
 腕時計に視線を落とすと時間は五分と過ぎてなかった。



 坂道が随分と続いていた。駅から歩き始めて、三十分ほど経っていた。住宅街は徐々に時代を遡るように移り変わっていった。奥に行くほど瓦のある家が増え、錆びた看板が目に入るようなる。
 先週律子の教えられた柏木宅に向かっていた。
 住所には広い日本家屋があった。池のある庭が目に入った。綺麗に手入れされている。柏木は蜘蛛の会に毎月多額の振込をしていると沢田が言っていたのを思い出した。よほどの資産家なのだろう。
 呼び鈴を鳴らすと、しばらくして玄関が開いた。律子であった。
「奥に柏木様がいます」
 和室へと通された。そこに和服姿の白髪の男性がいた。一見どこにでもいそうな温和そうな老人に見える。
「ご足労ありがとうございます。ささ、どうぞお入りください」
 外見の割に低い芯の入った声であった。
 和室は庭に面しており、涼し気な風が流れ込んでいた。
「溝口さんとは一度お会いしたいと思っていたのです。無理なお願いを聞いていただきありがとうございます」
「いえこちらこそ。お会いできて光栄です。お噂はかねがね聞いております」
「はは、お恥ずかしい限りです。なに道楽者なのでね」
 律子が湯呑を持ってきた。
「やはり若い方は責め方を色々と知っておられるので、律子も楽しんでるようです。私も嬉しい限りです」
「……本当でしょうか。私には彼女がそういう風には見えないのですが」
「無口な子ですから」
「彼女は一体どういう人間なんですか」
 柏木の目を上げ、こちらを見て、茶を啜った。
「溝口さんはなぜSMを?」
「まぁ、気がついたらでしょうか。あまりちゃんとは考えたことがないので成り行きかもしれません」
「趣味嗜好を言語化するのは案外難しいものです。どれだけ言葉にした所で言い訳に過ぎませんから」
 柏木の口角が少し上がった。微笑とも言えぬその表情。やはりこの男も得体が知れない。
「あなたは蜘蛛の会で理想のM女を探しているのだとか」
「ええ、何か問題でもあるのですか」
「私が会を立ち上げた理由の一つは、好事家たちのための出会いの場所を作るためですから。むしろぜひ有効に活用してほしいのです。ただ、おそらくあなたはM女と巡り合うことはないと思ってます」
「話をはぐらかさないでください。私は彼女について知りたいのです」
「あなたは間違えておられる。彼女ではなく彼なのですよ」

 律子の本名は涼太と言います。普通の家庭に生まれた男の子でした。この子の悲劇は十歳のとき母親を亡くした所から始まります。父親が妻の死を境に少し変になりまして、息子、つまり律子に対して性的な感情を抱くようになったのです。母親に似た律子に幻影を求めたのかもしれません。いわば性的虐待です。ただ、律子の身体が成長期に入り少年から男へと変化していく時、父は彼に暴力を振るうようになりました。そして食事に女性ホルモンを混ぜて息子の成長を止めようとしたのです。律子はこのままでは殺されると思い家を飛び出しました。十四歳の時です。周囲に助けを求めるべきでしたが、まだ子どもでそこまで頭が回らなかったようです。
 彼は生きるために自分の体を売りました。そのとき私は出会ったのです。
 少年のような少女のような、そんな身体をしていました。家から出てもホルモンは辞めてませんでした。すでに男としての機能は完全に死滅していました。私は律子の身の上を知った上で養子にすることを決めました。父親は狂ってはいましたが社会人としての常識は持ち合わせていました。自分のした事が世間の公表され生活を失う危険と息子がいなくなる事、彼は後者を選びました。
 私は律子を引き取りました。その時、これからどうすると聞きました。男になりたくない、彼はそう答えました。私は性同一性障害の診断を取らせて、手術を受けさせました。そして、名前と戸籍を変えました。

 柏木は等々と喋り続けた。
 私が手にした湯呑はすっかり冷めきっていた。 
 律子を見た。元男と言われると、その雰囲気が僅かながらにあるような気がした。背は低いが、肩や手が確かに少しばかり大きい。とはいえ、言われなければ絶対に気づかない。
 貞操帯のことを思い出した。あれは切り取られた部分を隠すために付けていたのか。
「驚きましたか?」
「え、ええ」
「SMには色々な趣向があります。私の場合は縄ともう一つは男を女に変える事です」
「男を女に?」
「日常の自分からどれだけ逸脱できるか。そこに興奮する人間は多い。方向性は実に様々で、犬や獣といった動物に成り下がることを望む者がいれば、女として扱われることを望む者がいます」
 律子はSMのために女になったとでも言うのだろうか。
「この子は特別です。願望を持っていても実行に移す人間はごく少数ですから。ある意味の才能なのです」
「才能ですか」
「Sであること、Mであること。これらは選択できません。あえていうなら己の本質に目を背けるか、受け入れるか。はっきり言いましょう。溝口さん、あなたはSの人間ではない」
 柏木の鋭い眼光が私を捉えた。
「一体、何を……」
「あなたは望んでいる。男を辞めて、女、それもM女になることを」
「馬鹿な」
 全身の血が一瞬で沸騰した。いい加減我慢できない。これ以上この老人の頭のおかしな話に付き合っている暇はない。
「もう帰ります。それと律子さんの調教はもう引き受ける気はありません。二度と連絡してこないでください」
 私が立ち上がっても柏木は眉一つ動かさかなかった。
「律子、お見送りしなさい」
 和室を出た。日はすっかりと暮れており、玄関は暗かった。蛍光灯がついた。振り向くと律子が立っていた。淡い光が彼女の無表情に影を落としている。
「あなたはまた来ます」
「何を馬鹿なことを」
 引き戸に手をかけたとき「だってここまで来たのだから」と独り言のような声が聞こえた。私は振り返らずに外へ出た。



「由紀夫さん、その格好で大丈夫なの」
 黒いジャケットにチノパン。会ってお茶する程度なのだから決め込むのも変だ。心配性の母は私が何を着ても大丈夫なのと言うに違いない。
「ああ、大丈夫だよ」
 短く答えて、革靴に履き替える。母はそのまま着いてくるのではないかと思うくらいの勢いがあった。
 今日は安藤友香と会う。二人っきりは初めてだ。
 家を出て、電車に乗り込む。待ち合わせには余裕で間に合いそうだ。
 十五分早くついたが、すでに彼女は待っていた。上品で清楚な装いだった。
「待たせて、ごめん」
「いえ、私も来たところです」
 私たちは近くの喫茶店に入った。
「最近は涼しいから過ごしやすいですよね。私は紅茶を」
「じゃあ僕は珈琲で」
 しばらく他愛ない話を続けた。その端々に彼女の知性と育ちの良さを感じる。M女とはまるっきり別次元の人間だ。
「溝口さんってスタイルがいいですけど、何かされているのですか?」 
「ええ、ジムに通ってるんですよ」
「まぁ凄い。私も痩せようと思って行くのに三日坊主で終わっちゃうんです」
 彼女は太っているようには見えなかった。
 離れた席から子どもの声が聞こえた。「僕、メロンソーダがいい」と大きな声であった。
「突然ですけど、溝口さんって家庭を持ったら子どもは何人くらい欲しいですか?」
「そうだな。二人かな。でも、出産は女性のことだからね。こればっかりは男はどうしようもないよ」
「私、四人か五人は欲しいんです」
「ずいぶん多いね」
「今の日本って自分勝手な人ばかりだから少子化が進んでるんじゃないですか。私、政治家の娘でもあるから、たくさん子どもを作りたいんです」
「大変そうだね」
「そうでもないですよ。あとLGBTとかいう人たちも可笑しいと思います。国によっては死刑にされるんですけど、この日本なら安全に暮らせてるわけじゃないですか。それなのに権利ばかり主張して。ああいう人たちが増えると子どもがどんどん減っていきますよ」
 何の迷いもなく言い放った彼女に私は背筋が寒くなった。自分が信じる正しさをこれっぽちも疑ってはいない。
 私は珈琲を飲み干した。苦味が舌に残る。
「お見合いって始めてで、不安だったんですけど、溝口さんみたいな優しい方で良かった」
 結婚して私の性癖を打ち明けても彼女は受け止めてくれるだろうか。
「実は僕もなんです。この年になって恥ずかしいですけど、両親が強く進めるもんだから。でも、僕も安藤さんで良かったよ」
 その後、喫茶店を出て、適当に買い物をして別れた。彼女は夕食に誘ってほしいような雰囲気だったが、僕は仕事が出来たと言って切り上げた。
 やはり安藤友香は自分には向かない。
「あらお帰り。早かったわね」
「母さん、やっぱり僕はあの人とは合わないかもしれないよ」
 母は驚いたように口を開けて居間にいる父の元へと駆け込んだ。少しして「由紀夫さん」という母の弱々しい声が聞こえた。
「お前、一体どういうつもりだ」
 父は僕の姿を見るなり、怒鳴った。
「いや、だから、安藤さんと僕は合わないよ」
 口の中に苦味が広がる。息苦しさを感じる。
「いい加減にしろ。相手様のこともあるんだぞ。今更、中止だなんてことになってみろ!」
 会うだけでいいはずじゃなかったのか。僕の気持ちはどうなる。そんな言葉が頭をよぎるのに、唇は動いてくれない。
「……はい」
「由紀夫さん、まだ会ってすぐじゃないの。素敵なお嬢さんだから、一緒に過ごす時間が増えれば考えは変わるわよ」
 いつの間にか母は父の近くに座っていた。どうしてこの人は昔から父の言うことに全て従うのだろうか。
「男は世帯を持ってこそ一人前。いつまでも遊んでるわけにはいかないんだぞ!」
 私は頷き、自室へと戻った。
 いつもこうだ。父の前では身体が石のように硬くなってしまう。



 結局、私は安藤友香との付き合いを継続することにした。
 両親の事もあるが、SMから離れて暇になったのだ。あの柏木宅の一件以来、蜘蛛の会には顔を出していない。
 安藤友香と何度かデートする中で、結婚はやはりまだ距離があった。しかし、「普通の幸せ」を掴むのも悪くないと考えるようになった。いつまでも変態に蝋燭を垂らしたり、鞭を振っている訳にはいかない。
 とある日、安藤友香と食事をした。
「私、大学の頃はアフリカでボランティア活動してたんです。知識では知ってたけど、実際に見るのは本当に衝撃でしたよ」
 安藤友香は分厚い肉にフォークを差し込んだ。汁が垂れる肉が小さな口に入った。
「へえ、凄いなあ。口で言う人は多いけど実際にやる人はなかなかいないでしょ」
「水を汲むために何時間も歩くんです。井戸掘りをしてあげて、随分生活は楽になったと思います」
 そう言って、赤ワインを飲んだ。彼女の顔は赤くなっていた。
「あ、私の話ばっかりでごめんなさい。溝口さんのお話も聞かせてくださいよ」
「いや僕は話せるような立派なことはないんだけどな」
「溝口さんって意外と奥手なんですね」
「そうかな?」
 店員がメインディッシュの皿を下げて、デザートを持ってきた。彼女はジェラートを食べながら「もっと静かな所に行きませんか?」と囁いてきた。
 意外と積極的な女性であった。
 店を出て、タクシーに乗り込んだ。車内は無言で、近くのラブホテル街で降りた。
 適当なホテルに入る。
「こういう所はあんまり来たことがないんですよ」
「そう」
 私は曖昧に答えた。
「シャワー浴びてきますね」
 椅子に座ると、自分が緊張していることに気づいた。普通の女を抱くのは何年ぶりか。SMでも挿入することはなかった。
 彼女が浴室から出てきた。全裸であった。身体の隅々に若さと美が満ちている。
「して」
 耳元で囁かれる。私は何も言わずに彼女を押し倒す。
 全身でその柔らかさを感じながらも、下半身は反応しなかった。
 何かが切れたように動かない。
 唇を重ねようとするが、どうしても下のことが気になって集中できない。
 彼女の顔が急速に冷めていき、不審がる目だけが残った。
「ごめんなさい。急すぎましたよね」
 彼女はクローゼットにあるバスローブを羽織った。
「あ、いや、こっちこそすまない。きっと仕事の疲れが……本当にすまない」
 しばらく気不味い沈黙が続いた。
「帰ろうか」
 私達はホテルを出た。彼女をタクシーに乗せて、自分は当てもなく歩いた。すでに終電は過ぎていた。
 繁華街に入った。ここはまだ人が多く、怪しげな外国人女性や強面の男性に声を掛けられる。それらを無視しながらいつの間にか以前に通っていたSMバーを目指していた。
二年ぶりなので潰れているかと思ったが、看板はあった。雑居ビルの一室にある狭い店。
「あら、いらっしゃい」
 店員は見知らぬ女性に変わっていた。前は宮川とかいうM男だった。太って愛嬌のある奴だった。
 客がカウンターに一人。
「おお、溝口。こんなところで会うなんて珍しいな」
 沢田であった。久しぶりに会えたので嬉しかったが、気まずい。
「お飲み物は?」
「彼と同じものを」
「おいおい、これバーボンのロックだぞ。酒が弱い君なら何かで割らないと強すぎる」
「いいんだ。ロックで」
 琥珀色の液体の中に円形の氷が浮かんでいる。
 飲むと喉が瞬間的に炙られて、思わず咳き込んだ。
「ほら言わんこっちゃない。氷が溶けたら飲みやすくなるから、しばらく待てよ」
「柏木と会った」
「へえ。どんな人だった」
「君の言う通り変人だ。俺がM女になりたがってるだと」
「あはははは。いいじゃないか。君は顔つきは整っているし、似合うんじゃないか」
「おい、いい加減なこと言うなよ」
「そう怒るな。別にたかだがSMだろう。遊びだ、遊び」
 律子の件を言うのは気が引けた。口止めされた訳ではないが、大っぴらに話す内容ではない。そもそも本当かどうかすら怪しい。もしかしたら私を動揺させる作り話かもしれない。
「一度試してみたらどうだ。なぁ、そう思うだろう宮川」
 宮川?私は店員の顔を見た。薄い明かりで分からなかったが、あの宮川であった。
「お前、その格好は?」
「溝口さんが来ない間に色々とあったんですよ。元々、女王様に尻を開発されて、そしたら本物のほうが欲しくなっちゃって。男の味を覚えたら歯止めがきかなくなるんですよ。もう普段からこういう格好です」
 茶髪の長い髪に派手な化粧。黒いシャツにデニムのミニスカート。むっちりとした白い足には無駄毛は一本も生えてなかった。
「だが、宮川は元々がM男だろう」
「なぁ、あんまり難しく考えないほうがいい。君は何かと理屈を捏ねる人間だからな」
「……まあな。ところで話は変わるが、女性と普通のセックスはするのか」
「は?どういう意味だ」
「SM、しかも覗きが好きだろう。実際にやるときに勃たないことはあるのか」
 沢田はグラスを一気に飲み干し、お代わりを注文した。
「ああ、それはないね。抱かなきゃ男が廃るだろう。君はもしかして?」
「ついさっきね。なぜか、萎んだままさ」
「まぁ、SMのやり過ぎだね。普通の風俗でも行けよ。セックストレーニングさ。鍛えるのは好きだろう?」
「馬鹿言うな」
 勃起するのを確認するために風俗に行くのは魅力的な選択肢には思えなかった。それにもし風俗嬢相手に勃たなかったら。
 酒を恐る恐ると口に含んだ。まだ強すぎる。



 柏木宅に向かっている。遊びじゃないかと思う一方で、男の自尊心が引き止めてくる。重い気持ちと軽い気持ちがシーソーのように交互に上がってくる。
 SとM。分別に執着しすぎじゃないだろうか。確かに私はSで男だ。でも、長い一生に一度くらいは反対側の気持ちを味わって良いのかも知れない。そのほうが責めに幅が出る。
 馬鹿か。情けない格好をして豚みたいに喘ぐんだぞ。元々がMならまだしも、自分にはありえない。
 色褪せた女優のポスターが目に入った。彼女と会うのは二度目だ。あと十分ほど歩けば柏木の家に着く。
 昨日、沢田に言われた言葉が頭をよぎった。難しく考えないほうがいい。
 柏木は庭に出ていた。鯉に餌をやっていた。
「こちらにお入りなさい。蜘蛛の会に顔を見せてないと聞いて心配していたのですよ」
 柏木の前には大量の鯉が群がっている。皆、口を開けて餌を欲していた。
「これはSMよりも金が掛かります。鯉一匹、何十万としますから」
 餌を巻き終えると、鯉の集団が散り散りになっていく。
「私は別に女になりたいわけではない」
「男、女。この言葉には色々な含みがありますからね」
 私の前を黒い鯉がゆっくりと漂っていた。
「仏国の哲学者ボーヴォワールは、人は女に生まれるのではない、女になるのだという言葉を残しています」
 柏木の前には一際派手な色をした鯉が餌を欲しそうに何度も行き来している。
「女とはいわば制限された性なのです。社会的にも、肉体的にも。逆に言えば男は特権といえます」
「……」
「女装というのは特権を捨てて、自ら制限を受けに行くという所に魅力があると思います。そういった人たちをたくさん見てきました」
「律子の他にもいるのですか?」
「あの子はかなり珍しいですが、女になりたがる男は多いです。そういう人間を甚振る好事家も一定数います。ただ、それこそ身体を変えたり、男の生活を捨てる人は滅多にいません。普通に考えれば当たり前の話です。みんな空想の中で楽しんでいる。この点は他のSMと同じです」
 柏木は縁側に腰掛けた。その奥は最初に来た時に通された和室に繋がっている。今日は律子はいないのか。
「後戻りできない一点があります。それを越えるのは願望というよりは素質です。そうやって生まれたものはどんなに否定しようが抗うことはできない」
「それが僕だというのですか?」
「どう思いますか?」
「正直、嫌悪感すら覚えます」
「では、なぜここに?」
「そんなに重く考えたくはないのです」
「そういう風に考えるのも資質です。仕方ないことだ。どうですか?一度体験してみては。律子なら抵抗はないでしょう」
「……」
 私は返事をしなかった。いつの間にか律子が隣に立っていた。
「奥の部屋にどうぞ」
 律子は私の返事を待たずに奥へと進んでいった。
 襖を開けると、着物、洋服が並べられた部屋に入った。演劇舞台の控室のようだ。
「これを着てください」
「本当に?」
 律子は黙ったままであった。先程までの葛藤はいつの間にか引っ込んでいた。
 いざとなると、たかだか服じゃないかと思い、渡された白色の女性下着と黒いワンピースに袖を通した。
「大きめのサイズですから」
 苦しさは感じなかった。変な気持ちはするが興奮というものではない。
「化粧をしますね」
 律子は私の顔に色々と塗りたくり始めた。
「こないだの柏木の話は本当なのかい?」
「上を向いてください」
 瞼の辺りに何か描かれている。答える気はないらしい。
 顔の周りで動く化粧筆。その指先はやはり女性にしては少し大きい。
「君は昔から女性になりたかったの?」
 律子の手が止まった。
「父と同じになりたくないから」
 私はこれ以上聞くのがなんだか怖くなった。
 かつらを被せられると、姿見の前に立たされた。
 男であった。女装した男が立っていた。滑稽というよりはただ不釣り合いであった。
「綺麗ですよ」
「お世辞は辞めてくれよ。男丸出しじゃないか」
「そういう美しさもあります」
 私は姿見から視線を外した。律子はどう見ても女なのに、私はどう見ても男だ。比べるのも変だが。
 さきほどの柏木の言葉が思い出す。女は制限された性。確かに服は頼りないし、今の化粧を毎日すると考えると、女性は素直に大変だなと感じた。そして、いかに男が好き勝手できるかというのも分かった。
「こっちへどうぞ」
 律子に案内されると、隣は布団が敷かれた部屋だった。そこに見覚えがあった。最初に送られてきた画像の部屋だ。律子が縄で縛られたあの部屋。
「ここは?」
「女装した方が責められる場所です」
「貸出か何かやってるの?」
「……」
「じゃあ…僕も…?」
「そこに寝てください」
 言われるがまま布団の上に横になった。居心地の悪さを感じながらも、もう抗う気持ちは起きなかった。一種の諦めが心を支配していた。
 律子は振動する機械を取り出した。私が前に使った道具に似ていた。
 そのとき一瞬だけ強烈な興奮が襲った。
「力を抜いて」
 そう言われても身体は固まったままであった。
 機械が腕や足といった肌が露出した部分に当てられる。振動は皮膚から神経に伝わり、脳を揺さぶる。自分の身体なのに自分の身体じゃないような感覚だった。
「あ、あ」
 思わず声が漏れた。我慢しようとするが、意識してしまうと余計に出てしまう。こそばゆさというよりむず痒い。微弱な振動なのに何倍にも膨れ上がっていく。
「感じやすいのね」
 はっきりとした罪悪感があった。これは悪いことだと。しかし、そう思うほどに下半身の熱が高まっていく。
 M女を責めるときには感じたことのない興奮。主導権を握られ、されるがまま。屈辱よりも先に身体の反応が来てしまう。
 Sのプライドがこんなにも簡単に崩れるとは思わなかった。
 裾を捲くられ、下着の上から機械が当てられる。亀頭を触れたり、離れたりを繰り返す。微弱な刺激は溜め込んでいた精を吐き出すには十分すぎるほどであった。
 気がついたら私は絶頂を迎えていた。下着の中で漏らしてしまった。
 律子が微笑んでいた。
「女の世界にようこそ」



 父が食卓に座るまで箸を触ってはいけない。暗黙の決まりの一つである。
「お父さん、話があるそうよ」
 向かい側に座る母が囁いた。
 父が来た。夕食が始まる。今夜は鯖の煮つけであった。
「会社の人事異動でお前は新しい部署の課長になる」
「分かりました」
「凄いわ。昇進ね。今度お祝いをしないと」
 母は父のグラスにビールを注いだ。
「これで後は結婚して子供を作るだけだな」
「ああ」
「この頃はよく友香さんとデートしてるんでしょ。順調なの?」
「まあね」
 私は急いで食事を終わらすと、二階の自室に引っ込んだ。新しい部署か。今の業務に愛着もないので何も感じないが、一方通行のようなやり方には気が滅入る。そもそも就職した時もそうであった。いくつか内定は貰っていたが、結局は父の勧めで今の会社に入っている。
 携帯に電話が入った。SM用ではない普通の方だ。 
 安藤友香からの電話だった。
 適当に会話しながら、パソコンを広げた。
 女装SM。ここ数日で、その愛好家たちが意外と多いことを知った。SM歴は長いが、この方面はまったく無知だった。近いようで遠いのが性の世界である。インターネットを検索すると、その筋の動画、画像、文章が山のように見つかる。
 女装という行為そのものに相手を服従させる意味合いがあるように思えた。つまり女の格好をしているだけでSM的な関係性が成り立つ。それだけで満足する人もいれば、そこから縄や蝋燭といった本格的な責めへと発展していく人もいる。
「私この間のこと気にしてませんから」
「えっ、なに?」
「あの、いや、この間のことです」
「あ、ああ。こちらこそ悪かったよ。やっぱり疲れていたのかな。僕たちはじっくりと付き合っていこうよ」
「また来週会えませんか?」
「ああ、いや、来週はちょっと予定があるんだ。再来週ならいいよ」
「わかりました。また連絡しますね。おやすみなさい」
 電話が切れた。あの夜のように再び勃たなかったらと思うと気が重くなった。律子に責められたときは人生で一番興奮したのに。
「おやすみ」
 沢田の言葉を思い出す。風俗に行ってみろ。まるで正反対なことをしている自分が急に可笑しく思えた。だが、商売女で遊ぶよりも商売女になるほうが好きな人種もいるのだろう。



「律子とのプレイはどうですか?」
「はぁ……まずまずだと思います」
 柏木は私が手土産で持参した羊羹を美味そうに頬張った。甘い物が好きで良かった。最初は気後れした広い和室も今では悪くないと感じるようになった。
 安藤友香からの誘いを断り、私は柏木の家にいた。
「ただ、なんというかあまりSMという感じはしないのです。一種のプレイというか。奉仕を受けているような感覚です」
「相手が律子ですからね。まだ関係性が出来上がっていない。それに女装SMは女から責められるのと、男から責められる方法があります。前者と後者は近いようでまったく別物です。まぁ、律子は元男ですが」
 自分で言ったことが面白かったのか柏木は静かに笑った。
「逆にこれまでやってきたことがSMだったという風にも思えないのです」
 柏木は意外という顔つきをした。
「それはどういうことですか?」
「上手く言葉には出来ないのですが、なんとなくそういう気がします」
「やはりあなたは難しく考えすぎるようですね。今日もどうですか?この間の律子はとても楽しかったようですよ」
「……よろしくおねがいします」
 いつの間にか律子が後ろに立っていた。
「じゃあ、こっちに来てください」
 律子の後ろについていく。
「今日は浣腸をしてもらいます」
「えっと、それってつまりお尻を使うってこと」
 律子は何も答えずに手早く準備をしていく。私自身も浣腸プレイはニ、三度は経験があった。もちろんM女にする側である。ただ、スカトロ趣味はないので正直好きではなかった。M女から希望されない限りはやらなかった。当人は気持ちよさそうに排出するのだが、見ている方は中々厳しいものがある。
 というより女装をせずにこのまま浣腸すれば、ただのM男じゃないだろうか。
「今日は最初なので個室でご自分でやってください」
「ありがたいよ」
 なんだか安心した。糞尿を垂らすのは女装姿を見られるよりも遥かに恥ずかしい。
 浣腸を手渡されて、個室に入る。和室の便器だった。説明書を読んで手順通りにやる。便意を一気に吐き出すのは気持ちよかった。これは病みつきになるのは分かる。
「では着替えましょう」
 黒い服だった。身体の線が出ないようにゆったりとした形になっている。
 着替えると、手錠と足枷を付けられた。
 まるで罪人になったような気分だ。
「そこに寝てください。今日は目隠しから始めます」
 有無を言わさず視界が真っ暗になった。一瞬だけ息の仕方を忘れそうになる。ただ暗いだけだ、何の問題もない。頭でそう理解しようとしても、心が追いつかない。
 細い指が体中を這い回る。肉体の輪郭が溶けていくような感じがした。
 足を立たされる。服を捲られ、尻の辺りに何かを塗られた。ぐぐっと異物感があって、にゅるりと何かが入り込んだ。プラグなのか。不思議な感覚であった。自分の身体なのに知らない場所を見つけたようだ。
 しばらくといっても時間の感覚は狂い始めていた。体中の色々な所が弄られ、敏感に反応してしまう。誰かに全てを任せるというのも悪くない。
 その時、すっと空気が入れ替わるような感じがした。
 足を太い手で握られた。律子ではない。
 慌てた私は身体を動かし逃げようとするが圧倒的な力でねじ伏せられ、仰向けに引っくり返された。
 柏木なのか。あの老人にこんな力があるとは思えない。
 服が無残に破かれる音がした。この瞬間になって見えない何者かは私を犯そうとしていることに気づいた。
 産まれて初めて感じる種類の恐怖であった。
 必死に暴れても逃れることが出来ない。
 身体に衝撃が走った。呼吸が止まる。殴られたのか。
 また逃げようとするとさらに強い力で殴られた。痛みは恐怖を塗りつぶし、諦めが身体を支配する。
 男の体温や荒い息遣いが近づいてくる。硬い肉が私に覆いかぶさる。肺が潰れそうになる。誰か助けて欲しい。
 目隠しが外された。
 目が急な光に耐えきれず一瞬暗くなる。次第に視力を取り戻していく。
 私を襲う男は沢田であった。

  湯気で曇った鏡の横に収納棚が三つ縦に並んでいる。一番上は男性用の物が置かれ、二番目も種類は違うが同じく男性用、三番目は女性用の物で数が一番多い。
 お湯を身体に流すと、尻穴に軽い痛みが走った。
 恐る恐ると手で触れてみる。血は付いていない。
 浴槽に身を沈める。強張っていた筋肉が解れていくのが分かる。
 しかし、先程の出来事を思い出すと、すぐさま身体は固くなった。
「怪我はしていませんか」
 磨り硝子の向こうから律子の声がした。
「大丈夫だよ」
「薬がありますから、遠慮なく言ってください」
 沢田に犯された。何が起こっているのか分からなかった。そのことに対して不快感を覚える以前に、私は圧倒的な現実に打ちのめされていた。強姦された女性はこのような無の感情に陥るのだろうか。
 尻に男性器が入った。同性愛者でもないのに。
 どれくらいの時間繋がっていたのか分からない。
 沢田は一通り楽しむと、風呂に入った。
 私はその後に入っている。風呂の中は沢田の体臭が漂っていた。
 鼻孔に入り込むその匂いが、沢田の腹、胸板、腕、性器の質感を蘇らせ、そこに実体はないのに抱かれているような気分になる。
 支配される、征服される、略奪される。どう形容していいか分からない。感じたことのない感情が私の中を暴れまわっていた。
 風呂から上がり、自分の服を着た。脱衣所を出ると、律子が立っていた。
「夕食、食べていきませんか?」
「本気なのか。あの男がいるんだろう」
 正直、沢田とは顔を合せづらかった。
 律子は相変わらず無口であった。ただじっとこちらを見るだけ。
「わかった。行くよ」
 柏木と沢田がすでに食事を始めていた。
「今日は簡単な物しかないんですが、どうぞ座ってください」
 家庭的な料理が並んでいる。これは律子が作ったものらしい。私は沢田の前に座った。
「律子の料理は美味いぞ。ここに来てから覚えたらしいんだが、筋がいい」
 沢田の言葉を無視して、味噌汁を啜る。確かに美味い。
「尻穴は大丈夫か。その様子だと怪我はしてないみたいだな」
 不思議と怒る気持ちにはならなかった。
 ただ沢田が一体なぜここにいるのかが気になった。
「沢田はここで暮らしているのか?」
「ああ。実家みたいなものだからな」
 柏木の方を見ると、お猪口で酒を飲んでいた。
「これは私の息子です。律子とは違い、本当に血は繋がっています」
「息子?」
「妻、正確には元妻ですが、彼女はハーフでね。これはクォーターというやつですな」
「俺が小さい時に離婚してね。母方に引き取られて育てられたんだ。親父と再会したのは四年くらい前だ」
「あまり似てないな」
「母の血が濃かったんだろう。まぁ、変態性は父親譲りだがね」
「お代わりはどうですか?」
 律子の横にはお櫃があった。
「いや、大丈夫。ありがとう」
 律子は沢田の妹ということになるのか。いや、弟か。
 色々なことが一気に起こったので、もう驚くことに疲れてしまった。
「今まで騙していたのか?」
「お互いのことは詮索しないのが蜘蛛の会の決まりだろう」
「それも最初から存在しないんじゃないのか」
「いや、それは本当だ。蜘蛛の会は実在するし、君も楽しんでいただろう。ただあの会には裏の目的がある」
「裏?」
「俺好みのS男を見つけて、M女に変えるのさ」



 女性派遣社員の名札には「三島」と書かれていた。
「これ言われていた資料です」
「ありがとう」
 三島は驚いたような顔をした。
「え、なにか?」 
「いえ、そのお礼を言われたのが初めてだったので」
「そうだっけか」
 確かに言った覚えがない。我ながら失礼な人間だった。
「午後からまた何個か仕事をお願いするから、よろしくね」
「はい」
 三島は弾んだ声で返事をして、席に戻った。
 何かが変わったのかもしれない。棘が取れたというか、余裕が出てきたような気がする。
 私は休憩がてらに便所に向かった。用を足していると、課長が入ってきた。
「溝口くん、寂しくなるよ。異動だってね」
「もう知られてるんですね」
 便器は空いているのに、課長は私の横に立った。途端に小便が引っ込んだ。
「新しい部署で今後我が社の命運を握る仕事を任されるそうじゃないか」
 課長の小便の音が勢いよく響いている。
「いや、僕なんか、まだまだですよ」
「困ったことがあったら何でも相談しなさい」
 課長は小便を出し切るために一物を振った。意外と立派な大きさであった。
 課長が便所から出てしばらくしてから再び小便が出た。
 手を洗い、階上にある休憩室に向かった。ガラス張りで周囲の建物が見渡せる開放的な場所である。自販機で紅茶を書い、カウンターに座る。
 昨日の沢田の話を思い出す。あいつはずっと私を狙っていたのだろうか。
 男に欲情され、男に犯される。冷静に思い返す。嫌悪感のようなものが湧き上がると思ったが、意外とそうでもない。ただ、言いようのない感情が胸に渦巻いていた。
 そして、それとは別のところ、肉体的な反応もあった。身体の奥底に疼きを感じる。自分では触れることができない場所を誰かに触ってほしい。
 これからどうすればいいんだ。
 携帯電話を取り出した。安藤友香に今週の会う約束に断りをいれた。
 そして、もう一つの携帯電話を取り出す。律子に会いたいというメールを送った。



 昼下がりの公園は家族連れや恋人たちで賑わっていた。
「どこか店に入らなくて良いの?」
「外が好きだから」
 緑が多くて、少し離れたところに大きな噴水がある。
 日差しもちょうど良くて、気持ちがいい。
 律子は一見して無表情に見えるが、頬が僅かに緩んでいるようにも見えた。この子は感情が無いわけではない。ただ上手く外に出ないだけだ。
「今日のこと柏木さんには言ったの?」
「ええ。家族ですから」
 家族。妙な引っかかりを覚えた。
「どうして家族なんだい。戸籍上はそうかもしれないけど、君と柏木さんの関係って……」
「SM、主人と奴隷」
 はっきりと言い切る律子に私は思わず周りを見回した。近くに人がいなくてよかった。
「でも根っこは家族なんです。だって傷つけられても一緒にいたいと思えるなんて、家族以外ないでしょう」
「そういうものなのか」
 目の前にはたくさんの幸せをそうな家族がいる。
 当たり前のことだが、自分にもあそこにいる子どもたちのように時代があったんだ。
「昔、子どもの頃、公園で遊んでいたときに、SM雑誌を見つけたんだ」
 なぜか私は語るつもりのない話を口にしていた。
 その公園がどこにあったかは覚えていない。端っこにちょっとした林があって、私は探検のつもりでそこに入り込んだ。空気が冷えていて、静かな場所だった。数冊の雑誌が落ちていた。そこには縄で縛られた裸の女性が映っていた。そのときは小学校の低学年くらいだったけど、これはいけないものだと直感的に分かった。それでも一歩一歩と足は雑誌に近付こうとしていた。駄目よ、由紀夫さん。母の言葉と共に視界が真っ暗になった。彼女は後ろに立って、手で私の目を覆い隠したのだ。私は黙って頷いた。
「いま急に思い出したよ。公園なんて滅多にこないからかな」
「それが始まりだったかもしれませんね」
「始まりか……その、僕は迷っているんだ。このままいくべきかってね。だってやっぱりおかしいよ」
「じゃあ、私もおかしい存在?」
「いや、君はその、特殊な生い立ちだし、柏木や沢田も変わっている。僕はごく普通の、いや恵まれた環境で育ったからね」
「恵まれた?」
「家は金持ちだし、いまは結婚を前提として付き合っている人もいる」
「私は自分を変わってるだなんて思ってないわ」
 意外な言葉だった。
 実の父親に犯され、女性ホルモンを射たれるなんてどう考えてもおかしい。
「普通って何?目の前にいる人たちが普通なの?」
 改めて聞かれると答えに困った。
「お母さんが生きていたとき、私のお父さんもああやって一緒に遊んでくれた」
 足元にサッカーボールが転がってきた。私が投げ返すと男の子が笑顔で受け取った。
「結局、決めるのはあなたよ。私は決めたの。家を出た時、柏木様に出会った時」


 
 蜘蛛の会の二階は薔薇の香りがした。造りは一階と変わらないが、化粧台が置いてあった。来る女達はSであれMであれ、皆ここで変身をするのだ。
 一通りの化粧は出来るようになっていた。人間とは不思議なもので顔に何か塗るだけで、立ち振舞が変わってくる。
 時間が来た。階段を降りていく。いつもより一階分長い。
 逆側が入る地下室はまったく別の場所に見えた。
 沢田が立っていた。
「この空間ではいつも関係性ではない。言葉遣いも気をつけろ。冷めるからな。俺の言うことには、すべて、はいそうですと答えるんだ」
 冷酷な口ぶりだった。不思議と反抗する気持ちは起こらなかった。男同士だが、こちらが女装していると、関係性のようなものが決まってくる。服を着た主人と裸の奴隷のように。
「これまでお前の責めを見ていたが、ぬるい。お前は鞭を振るうときや蝋燭を垂らすときに躊躇している。自分が主導権を握っているつもりで、実のところは相手に握らている」
「そ、そんな」
 横腹を思いっきり蹴られた。
「女奴隷にはこんなことはしないのだが、お前は男だから手荒くやるぞ。嫌なら従え」
 横っ面を思いっきり叩かれる。
「は、はい。申し訳ありません」
 実際、取っ組み合いになっても、体格差があるので沢田には勝てる気がしない。
 これが本当のSなのかもしれない。相手に圧倒的な恐怖を与え、絶対的な立場を刻みつける。これまで私がM女にしていたことなど児戯に等しかった。
「お前は相手を傷つけることを恐れていた」
「はい」
「お前はSな振りをしていただけだ」
「はい、そうです」 
「お前はM女になりたがっていた」
「はい、そうです」
 低い声が頭の中で何度も反芻される。言葉が自分の心を書き換えていく。
「これまで嘘をついていた罰を受けるか?」
 私は無意識に膝をついて、正座した。硬い地面の上で痛みを感じながらも、なぜか自分はそうしなければいけないという気持ちになった。
「愚かな私めを罰してください」
 人生で初めての土下座であった。股間は痛いほど勃起していた。
「服を脱げ。ただ、下着はつけておけよ」
 下着女装姿の痛々しい格好を晒す。
 沢田の一本鞭を道具箱から取り出した
 思わず息を飲んだ。その威力は充分すぎるほどに知っていた。
 空気を切り裂く音がした。一瞬で肌が焼け付く。
「あぁ」
 叩かれた腕は真っ赤に腫れ上がっていた。 
 再び鞭が振られる。思考が飛び、痛みだけが自分の全てになっていく。
 だが、私はそれを受けなければいけない。受けるたびに自分は解放されていく。
「これが本当の鞭だ。自分がいかに偽物だったが、痛いほど分かるだろう」
 腕、足、背中、腹、胸。それぞれに違う痛み。全身が腫れ上がり、一つの痛みとなって私を襲う。ある一点を越えると、意識に薄い膜が包まれたようになった。耳栓をしたように鞭の音が身体の内部で響いている。
「ありがとうございました」
 言われてもいないのに感謝の言葉が口から出た。私の心は確実にMへと堕ちていた。
「次は尻叩きだ。掘られるのが好きだろうが、今日は叩く」
 私は沢田の膝の上に腹ばいになった。勃起した股間が硬い太ももに当たる。
「俺に汚い精子をかけたら半殺しにするからな」
 沢田は尻を叩いた。何度も何度も。痛みは鞭をほうが強い。だが、力強い掌は私の心を直接叩いているようだ。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
 私は叫んでいた。何に謝っているのか分からない。
 ただごめんなさいと繰り返しいている。
 記憶が蘇る。幼い頃、父に躾と称されて尻を叩かれていた。我儘を言った時、成績が悪かった時、父の思い通りにならなかった時。その積み重なった記憶が一気に再生されて、大人の自分が一気に子どもの自分へと変わっていた。
 気がつくと私は沢田に抱きついていた。彼は拒むことなく私を受け入れた。
 涙を流していた。沢田は優しく頭を撫でてくれた。



「化粧、随分上手になりましたね」
 私の横で口紅を塗っていた律子が囁いた。
「あ、ありがとう」
 私は律子の手伝いなしに一人で女装できるようになっていた。服も自分で選ぶ。
 今日は柏木宅に招かれていた。  
 律子と共に責められる。妙な感覚だ。女同士の距離感というやつなのだろうか。
 しかし、自分の硬い肌と律子の柔らかな肌を見ていると、とても女同士とはいえない。
「今も女性ホルモンを取ってるの?」
「二週間に一回、注射を打ってます。ホルモンは始めると一生打たないと駄目なんです」
「一生か……後戻りできないんだよね」
「溝口さんのお年なら劇的な変化は期待しないほうがいいですよ。肌質と胸が少し膨らむ程度だと思ってください」
「僕は別にそこまでのつもりじゃ」
「でも、沢田様が命令したらやるんでしょう」
 即座に否定ができなかった。実際どうなるか分からない。男としての一生を棒に降る覚悟はないが、命令されたら。
「さあ、行きましょう。待たせるのは失礼ですから」
 隣の部屋を遊戯室と呼んでいるらしい。いつも布団が敷かれているところには、単管を組んで作られた磔台のようなものがあった。
「親父も人使いが荒いよ。こんな本格的にやらなくていいだろう」
 どうやら磔台は沢田が作ったらしい。
「今日は溝口さんの縄初めの日だからね。ちゃんと味わってもらわないと」
 私は律子と一緒に縛られることになっている。
 律子は裸。私は下着姿になる。
 視線が律子の下半身に向く。かつてあそこに自分と同じものが付いていたのか。今は平らである。自分も切り取れば、あのような股間になるのか。
まず律子から縛られる。柏木の持つ縄はそれ自体が意思を持っているかのように動いた。律子の柔らかな肌に麻縄が食い込んでいく。
 いつも無表情の律子がその時だけ少し苦しそうに見えた。
 次は私が縛られる。後ろで腕を組み、縄を巻かれる。手錠や足枷とは違い全身を拘束されていくと、心まで縛られていくようだ。
 いつか見た雑誌の女性と同じようなことをされている。それだけで股間が痛いほどにその存在を主張していた。隠したいが足も縛られているので、どうしようもない。
 縄で張り付き台に吊るされる。律子の苦しげな呻き声が聞こえた。私が一本鞭でどれだけ責めても崩れなかった律子が今まさに悶えている。
 次に私が吊るされた。皮膚に縄が沈み込んでいく。鞭のような瞬間的な苦しさではなく、じわりじわりと時間を掛けて効いてくる苦しさだ。
 沢田がこちらを見ている。自分が人間ではなく調度品になったような感覚がした。漏らす声や流れる汗すらも沢田の目を楽しめる要素に過ぎない。
「引き締まった体をしているから縄が映える。」
 沢田の手には二本の張り型があった。
「これを今からお前らに挿れる。落としたほうに蝋責めをしてやろう。お遊びじゃなくて本物の蝋燭だ」
 片方を律子の膣に、片方が私の尻穴に入る。
 尻穴にきゅっと力を入れるが、体が不安定なので踏ん張る加減が分からない。
 あっと思った瞬間には私の梁型がずるずると下がっていた。
「早すぎるぞ。まったくそんなに欲しいのか」
 私の上に蝋燭が垂らさせる。熱湯のような赤い液体が降り注ぎ、息が止まる。
 反射的に避けようとするが、縄で縛られているので身体は少ししか動かない。揺れるたびに色々な所に蝋燭を垂らされる。
 痛みのあまり涙が流れていた。一度流れるとあとは次から次へと流れる。化粧がどろどろに落ちていくのが分かった。
 それでも沢田は手を緩めなかった。雨あられのように蝋が降り注ぐ。
 いつ終わるのか、それすらも考えられない。
 だんだんと脳が痺れていき、ぼーっとしていく。
 それでもある部分の意識は鮮明に動いている。
 そこが痛みをすべて感知しようと動いている。
 視界の端では、律子も同じように柏木から蝋責めされていた。結局どちらもそういう運命だったのだ。
 苦しむ歪む顔。私もあのように悶ているのか。
 縄から降ろされると、私はその場に倒れ込んだ。
 肌は真っ赤に染まっていた。



「あっ、ピアノの音。懐かしい」
 安藤友香は目を閉じて、立ち止まった。
 どこからか聞こえてくるピアノの音に耳を傾けているようだ。
「昔、習ってたんです。そっち方面に進もうかなと思ってたけど、やめたんですよね」
「へえ、そうなんだ」
「でも子供には習わせたいですよね。ところでそろそろどこに向かってるか教えてくれないんですか?」
「まだ秘密だよ」
「なんか溝口さん、雰囲気変わりましたね」
 私は安藤友香からの問いかけを適当に誤魔化しながら、目的地に向かった。
 蜘蛛の会の建物の前に着くと、電話をした。沢田が出迎えてくれた。 
「こちら沢田さん」
 安藤友香は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「はじめまして安藤です」
「どうも」
 私と安藤友香は待機室で飲み物を飲んでいた。彼女は明らかにここはどこだという雰囲気だが、口にするのを躊躇っていた。
「安藤さんはSMは興味ありますか?」
「いや、そういうなのはちょっと」
「見て欲しい映像があるんですよ」
 ノートパソコンを広げ、動画の再生を開始する。地下室で女装した私が沢田に責められている映像だ。
 画像が荒いので彼女は女装した私だということに気づいてない。
「あれ、男同士……?」
 彼女は食い入るように映像を見ている。一瞬でも女に思ってくれたのだろうか。なんだか嬉しかった。
 いつの間にか沢田が後ろに立っていた。これで厄介事は終わりだ。
 私は沢田に体を寄せた。そのズボンを脱がし、蒸れた男性器を取り出す。
 そのとき安藤友香がこちらを見た。時間が止まったように固まっていた。
 見せつけるようにしゃぶった。舌で絡ませ、下品な音を出して、激しく吸い上げる。
 安藤友香は部屋から飛び出した。
 男として大事な部分もまた一つ潰してやった。
「男の状態で奉仕してもらうのも悪くないな」
「上で着替えてきましょうか」
「いや、どうせ下着は女物だろう」
 やはりお見通しだった。



 持っていく荷物は意外と少なかった。
 家具や寝具は向こうにあるので必要ない。服は男物は全て処分するように命令されたので置いていく。あとの細々した物は鞄一つに収まる量だ。
 部屋はまだここで生活できそうな雰囲気があった。そして、それは男としての人生を続けることが出来るようにも感じれた。
「由紀夫さん」
 扉の向こうから母の声が聞こえた。
 開けると青い顔をした母が立っていた。
「お父さんが呼んでいるわ」
 要件はだいたい分かる。
 居間の定位置に、父が座っていた。これからもずっとそこに座るのだろう。
「安藤さんから連絡があった。今回の縁談を断るそうだ」
 対面に座る。父には随分と白髪が増えていた。
「どうせお前がなにか失礼なことをしたのだろう。今から謝りにいってこい。土下座でもなんでもしろ」
「向こうが僕を気に入らなかったんだよ」
「寝ぼけた事を言うな。この結婚でどれだけの金が動くと思ってるんだ。子供の遊びじゃないんだぞ」
 やっぱりそういうことなのだ。息子を政治家の娘と結婚させることで、自分は地位と金を手に入れる。他のことなど最初から考えてない。
「じゃあ、僕が断ったら何百億という損害だね」
「ふざけてるのか!」
「安藤友香は正しいよ。僕は彼女の前でちんぽをしゃぶったんだ」
「な、なに!」
「目の前で商売女みたいにしゃぶったのさ。お見合い相手がちんぽ好きだなんて、断って当然だろう」
「頭がおかしくなったのか」
「別に。僕、いや私は女の格好をして、男に抱かれるのが好きな変態だってことだよ」
「く、でてけ!お前はもう勘当だ」
「こっちもそのつもりだよ。仕事もやめるからね」
「こんな失敗作。お前のせいだぞ」
 父は母を怒鳴りつけた。殴りかからん勢いだ。いくら私でも掴み合いになったら負けると分かってるから、母に怒りの矛先きを向ける。姑息な人間だ。
「あんたが失敗なんだよ」
 そして、私は家を飛び出した。



 私は柏木家で生活することになった。二十四時間、女として振る舞うことが求められた。服装や立ち振舞はもちろんのこと、料理や掃除といった家事をやることとなった。元々は律子がやっていたことなので、それを手伝うという形なのだが。
 柏木と沢田は共に経営コンサルタントの仕事をしていた。週に何日かは二人の秘書として、事務仕事をしている。
 男だったときには考えられない毎日を送っている。

 蜘蛛の会。地下室。私は女装をして、沢田様の前に跪いていた。
 もう女装をしている感覚はなかった。日常的に女物を着ていて、むしろ男物を着るほうが不自然に感じるくらいだ。髪もそれなりに伸びた。まだ短いが美容院で女性らしい髪型にしてもらった。
 一枚の紙を差し出す。

 雌奴隷契約書。
 私、溝口由紀夫は男であることを放棄し、沢田様の雌奴隷として生きていくことを誓います。
 
 私の肉体、財産、社会的立場の決定権はすべて沢田様にお譲りします。
 
 いかなる調教、命令にも逆らいません。
 
 従順で淫乱な雌になれるように日々努力します。

 この奴隷契約書はかつて律子と柏木様の間で結ばれたものを同じ文面となっている。
 沢田様は署名をしてくれた。私も名前を書いた。女としての名前、由紀子と。
 紙一枚なのに改めて自分が雌の奴隷という実感が湧いてきた。
「お前は俺の所有物となった。身体はもちろんのこと心すらお前が自由にはできない」
「はい」
「俺が感じろと言ったら感じろ。勝手に気持ちよくなることは許さない」
「はい」
 沢田様の手が私の頬を撫でる。それだけで背骨に痺れが走り、乳首が起ち、尻穴が緩む。
 それだけではない。すでに私の股間は濡れていた。
 女が濡れるのは男性器を受け入れるためであり、男の先走り汁は精子を子宮まで届けやすくするためだ。それならば私のこの蜜液は何の意味を持つのだろうか。
「スカートをまくってみろ」
 私は言われるがままスカートの裾を持って、汚らしい下着を沢田様にお見せする。
「ぐちょぐちょになってるぞ」
 ああ、私の蜜液はきっと沢田様に蔑んでもらうために存在しているのだ。
「申し訳ありません。私は端ない雌です」
 沢田様は革靴を脱いだ。素足が私の眼の前に差し出される。言葉は何もない。ただ、目で「舐めろ」と仰っている。
 太くて硬い指を愛おしむように舌で咥える。汗の味がする。どのような場所であれ、沢田様の一部は私にとっては尊い存在。
「そこに寝ろ」
 硬い地面の上に横になる。股間が踏まれる。だんだんと力が強くなっていく。
「このまま潰してやろうか」
「はい、沢田様のお好きにしてください」
 私の雄としての決定権は沢田様に握られている。ちょっとした気まぐれで種無しになってしまう。
 今後の人生で女性と性交するつもりはない。しかし、それは私が決めることではない。沢田様が余興として私と女を交わらせることがあるかもしれない。
「親父は律子の一物はすぐに切ったからな。俺はぶら下げていたほうがいろいろと楽しめると思っている」
 股間から足が外された。痛みはすぐには引いていかない。余韻のようなものを残し、ゆっくりと留まっている。
「次はお前の番だ。フェラチオをしてもらおうか。ただ、手は使わずに口だけでズボンを下ろしてくれよ」
 沢田様は椅子に腰を下ろした。私はそこに顔を埋める。まずはベルトを咥えて、引っ張り上げる。なかなか上手くはいかない。革の部分を噛んで、徐々に引き抜いていく。
 息苦しい。犬のように呼吸が浅くなっている。
 チャックを下ろすのはさらに難しい。
 唇を何度も動かし、ようやく沢田様の下着が見えてきた。
 この布一枚隔てた向こうには、愛おしい肉棒がある。
「エリートだったんだろう。それが今じゃ落ちぶれたものだな」
 かつての同僚や上司が今の私を見たらどう思うのだろう。それ自体が一つの興奮の材料になる。
 下着を脱がそうとするが、これもすぐには出来ない。陰毛が顔に刺さる。口を左右に動かしながら、下着を下ろしていく。
 黒ずんだ性器が現れた。
「おっと、時間が掛かりすぎだ。フェラチオは良い。オナニーショーをやってもらおうか。女々しいお前に相応しい方法でな」
 私に相応しい方法とは、性器に触れないやり方だ。乳首と尻穴だけを使う。まずプラグを穴に挿れる。このときはなるべく淫乱にやらなければいけない。そうしなければ殴られる。
 それが終われば、上着を脱いで、ブラジャーをずらし、乳首を弄る。かつては意識もしてなかったのだが、沢田様の徹底的な責めで、雌の乳首になってしまった。
 色々な指を使い、刺激を与えていく。気持ちが良いのでつい耽ってしまうが、沢田様のお顔を見つめることを忘れてはいけない。
 満足そうにこちらを見ている。もっと喜んでもらわないといけない。私の自慰は自分が気持ちよくなるものではない。沢田様に喜んでもらうためのもの。
 尻穴の辺りに痺れが走った。思わず前かがみになる。すると性器から精液がこぼれ落ちた。それでも興奮は冷めない。
「乳首と尻穴で射精したか。完全に男として終わったな」
 沢田様は私の髪の毛を引っ張り、ベッドに連れて行った。
「さっきの射精は面白い見世物だった。だが、俺の命令なしに漏らすのは許さん」
「も、申し訳ございません」
「次から気をつけろ。さ、穴を広げろ。犯してやる」
 私は仰向けに寝っ転がり、足を上げて、手で尻を広げる。このとき沢田様に言わなければいけない言葉があった。
「マゾ女装のケツマンコに入れてくださり、ありがとうございます。精一杯、雌の務めを果たさしていただきます」
 これから私はどう堕ちていくのだろうか。


END
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