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めす旦那 4

 時計は十一時を回っていた。窓の外から虫の鳴き声が聴こえてくる。
 明宏と早織は事務室でまかないの遅い夕食を取っていた。
「なぁ、逃げないか」
 ポツリと明宏が呟いた。今夜は一般客が一組しか泊まっておらず、他の従業員は全員帰っていた。
「急に何よ」
 早織は眉を潜めて、こちらを見てくる。
「いや、旅館とか、全部捨ててさ、遠い町に行くの」
「それで?」
「二人で仕事見つけて、働いて、子ども作って……いや、ごめん。バカな話だね」
「きっと疲れてるのよ。仮眠でも取ってくれば」
 早織は食器を片付け始めた。
 大事な人の後ろ姿を見ていると、この現実が辛くなってくる。
 さっきの言葉は無意識に出てきたものだ。言うつもりはなかった。しかし、口にしたことで急に現実感が出てくる。
 もし本当に逃げるならどうするべきだろうか。
 まずは金だ。口座には数十万円ほど残っている。それだけでは厳しい。どこかで借金でもするのか。
 旅館はどうなる。大崎は自分を探すに決まっている。逃げ切れるだろうか。
 ムリだ。あの男は自分のことを絶対に許すわけがない。早織も酷い目に合わされる。
「そろそろ髪切らないと」
 早織の独り言にはっと顔を上げた。
「あぁ、自分の髪のことよ」
 明宏の髪はもう耳を完全に覆い隠していた。

 
 数日後、大崎が旅館にやってきた。
 いつも夜は相手をさせられるが、なぜか呼び出しはなかった。
 本館からもみじの間の光が見える。嫌な予感がした。
 月明かりに照らされた庭園の中を静かに一歩ずつ歩いていく。
 三和土の立つと、障子の向こうから喘ぎ声が聴こえてくる。
 早織の声であった。
 全身の力が抜けて、その場に倒れそうになった。ついに恐れていたことが現実となった。
 見るつもりはない。それなのに身体が勝手に動いて、障子を少し開けた。
 大崎の背中が見える。丸出しの尻が激しく動いている。
 明宏の位置からは妻はよく見えない。左右に開いた足袋がぐらぐらと揺れていることだけが分かった。
 体位が変わった。早織が上になって、腰を振り始める。
 目を疑った。嫌々ではない、楽しんでいる?
 乱れた着物姿は驚くほどに似合っていた。
 いつも見ている早織ではない。まるで別人のようだ。
 もう何が起こっているのか理解できなかった。
 今度は正常位になり、大崎のねっとりとした腰使いに、早織は歓喜の声を上げる。
 ピストンが加速していく、大崎はまもなく射精する。
 だ、駄目だ。
 しかし、部屋に入っていく勇気はなかった。
 一物が引き抜かれる。当然ながらゴムはつけていない。
 早織の割れ目はぬらぬらと白く輝いている。
「そこにいるだろう」
 大崎が近づき、障子を開けた。明宏の目の前にさきほどまで妻の中に入っていた男根が突きつけられる。
 生々しい匂いが鼻をつく。見上げると大崎の勝ち誇った顔があった。
「あら、あなたいたの?」
「早織……これは一体どういう」
 言葉を出すのも辛く、目から涙が溢れてきた。感情がぐちゃぐちゃになっていた。
「ねえ、もう隠し通すのは面倒くさいから、全部話したら?」
 半裸の早織は大崎に抱きつき、その豊満な肉体をアピールするように押し付けた。
「そうだな。さて、どこから話すかな」
 大崎は早織の身体を押しのけると、その場に座り込んだ。
「おい、酒だ」
 早織は徳利とお猪口を持ってきた。
「お前の祖父である山垣秋貞は、ワシの父親だ」 
 頭を殴られたような衝撃が走った。本当なのか。
「つまり、ワシは叔父だ。お前の父とは腹違いの兄弟だった」
 大崎はお猪口をぐいと飲み干した。
「秋貞は旅芸者だったワシの母親を孕ませて、認知しなかった。はした金で追い返して、楯突こうものなら極道者を呼んで母を脅迫した」
 あの優しかった祖父にそんな一面があっただなんて。明宏にはにわかに信じられないことであった。
「そのときすでに縁談が決まっていたからな。認めたくなかったんだろう」
「ワシは母親一人に育てられた。貧乏だった。小さい頃から働いていたよ」
「母はいつもこの旅館への恨みを語っていた。ワシも自分を捨てた父親を憎んでいた。がむしゃらに働き、悪どいこともやった。母は死んだが、財を成したワシは復讐をすることに決めた」
 いつもの大崎とは違った。言葉の一つ一つに凄みが潜んでいた。そこに彼の歩んできた人生が込められているのだろう。
「復讐はやまがきの血を根絶やしにすることだ。跡取りであるお前を種無しにすれば、三百年の歴史はここで終わる」
 すべての謎が解けた。自分は子どもを作れないようにするために調教を受けたのだ。
「早織はもともと風俗で働いて、借金まみれになっていた女だ。ワシが拾って、ここに送り込んだ。なかなかの女優だろう」
「借金だけじゃなくて、身体のほうもずいぶんと開発されたわ。そうじゃなきゃ、こんなところこないわよ。久しぶりに楽しんでたのに、途中で邪魔してくれちゃって」
「さ、早織……」
「なに?女々しいわね。はっきり言ってほしいの?あんたじゃ満足できないって」
 早織は見せつけるように大崎と舌を絡め始めた。くちゅくちゅという音が耳にこびりついてくる。
「これでわかった?まぁ、もうあんたとは私だけじゃなくて、女とは一生セックスできない身体になったけどね」
「そ、それはどういう」
「実は早織に頼んで食事にホルモン剤を混ぜていた。もうお前の子種はほとんどカスみたいなものだ。最近、身体が変わっただろう」
「う、うそだ……」
 口では否定したが、たしかに身体は変化していた。肌は柔らかくなり、肉が付き始めていた。
 気の所為だと思っていた。だがもう認めざるえない。 
「だが安心しろ。いまここにたっぷりと注ぎ込んでやった」
 大崎は早織の陰毛の上の部分、ちょうど子宮の辺りをポンポンと叩いた。
「この旅館は今日から完全にワシのモノになる。変態御用達の旅館に生まれ変わるのだ」



 緩やかな坂道を登っていくと、木造の和風旅館が迎えてくれる。
 旅館の前にはたくさんの車が止まっていた。
 離れのもみじの間には数十人の男たちが集まっている。
「みなさん、ようこそいらっしゃいました」
 男たちの前で声を上げるのは大崎だ。
「三百年の伝統がある旅館やまがきは生まれ変わりました。性の好事家たちが集まる淫靡宿となるのです」
 やまがきで働いていた人間はすべてクビになり、いま新しい従業員が入っている。
 全員が風俗出身者であり、仲居仕事と客の性の相手を両方こなす。
 建物は純和風の装いを残しつつ、春画や男性器を模した彫刻などの性を連想させる物が飾られるようになった。
 部屋の備品として、縄、蝋燭、手錠、鞭などが置かれている。また、磔台やSMチェアの貸し出しも行っている。
「都会の喧騒から離れ、この静かな空間でどうぞ心ゆくまでお楽しみください」
 多くはSM愛好家である。大崎の知り合いもいれば、噂を聞きつけてやってきたものもいる。
「サービスといたしまして、調教したい人間を預かることもしております。男女は問いません」
 一人の男が手を挙げた。
「男も調教するのか」
「えぇ、その証拠をお見せしましょう」
 大崎が手を叩くと、明宏が部屋に入ってくる。
 結い上げられた髪、薄く化粧を施された顔、肩を露出する着物の着付け。明宏は完全な花魁となっていた。
「やまがきの明宏でございます。どうぞよろしくおねがいします」
 男たちからどよめきの声が湧く。
「ほほう、美しい」
「男なのか」
「これはたまりませんな」
「こいつは元々、代々続くこの旅館の跡取りでしたが、ワシの調教を受けまして、いまはこんな風になってしまったわけです。おいみなさまにお見せしろ」
 明宏は足元の裾を大きく広げる。そこには小さい種無しの茎がぶら下がっていた。
「はぁー、まるでクリトリスだな」
「あそこまで小さくなるのか」
「倒錯的で素晴らしい」
 好奇の視線に下半身がジワジワと熱くなってくる。
「ここにはかつて三百年を繋ぐ子種が入っていたわけですが、いまは空っぽです」
 大崎の冗談に男たちはゲラゲラと笑った。
「みなさんは普段、女性を相手にされていますが、今日は新しい扉を開いてみませんか?」
「うーん私はいけるかもしれないな」
「どんなにキレイでも男はムリだな」
「どれモノは試しですよ」
 男たちが明宏を取り囲む。
 むせ返る男の匂いとは対照的に明宏からは甘く重い雌の匂いを振りまいている。
 手を出してきたのは三人ほどで、あとは遠巻きに見ているだけであった。
 少し膨らんだ乳房を弄んだり、尻の感触を楽しんだり、股間を握られたりした。
 そのうちの一人がズボンを脱ぎ、ギンギンに硬くなった一物を突きつけてきた。
 明宏はそれを手に取り、口で愛し始めた。
 すぐに隣からもう一本出てくる。いつの間にか群がる男は増えていた。
 髭面の男が腰をぐいっと持ち上げ、尻穴にローションを塗りたくった。
「おぉ、こりゃ名器だ」
 感嘆の声を上げると、周囲の男たちの目の色が変わっていく。
 最初は気が乗らなかった者たちもパンツを脱いでいた。
 握っていた一物から精子が放たれた。明宏は反射的に口に咥えて、ずるずると吸い込んだ。
 まるでそれが夕立の一滴目のごとく、次々に男たちが射精していく。
 顔や肩、腹、股間、だけではなく、着物まで汚されていく。
 垂れた精液は畳の上の染みとなっていった。
 男たちの間に大崎の姿が見えた。恨みや怒りといった感情は明宏の中には不思議と起こらなかった。
 ある意味、これは運命なのかもしれない。
 やまがきの家に男子として生まれたときから決まっていた。
 栗の花の匂いの中で明宏の男の心はゆっくりと壊れていった。
 
END
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